最近、何かにつけてECOブームだ。
ではECOとは何か?
わかりやすいので学術研究社のWEBサイトから引用すると
http://kids.gakken.co.jp/kagaku/eco110/answer/a0143.html
Q「エコとはどういう意味(いみ)ですか?」
A「環境(かんきょう)の話題(わだい)になると出(で)てくる「エコ」という言葉(ことば)、もともとはエコロ
ジー(ecology)からきている。エコロジーとは生態(せいたい)学(がく)という意味(いみ)で、生物(せいぶつ)の生活(せいかつ)や環境(かんきょう)学(がく)との関係(かんけい)、つまり「環境(かんきょう)にいい」という意味(いみ)につながるんだ。」
「一方(いっぽう)でエコノミー(economy)のエコとも言(い)われている,エコノミーとは経済(けいざい)のこと。環境(かんきょう)と経済(けいざい)はつながっていて、どちらか一方(いっぽう)だけが発展(はってん)してもうまくいかない。環境(かんきょう)問題(もんだい)を世界中(せかいじゅう)で解決(かいけつ)していくことで世界(せかい)の経済(けいざい)も発展(はってん)し、人(ひと)びとが安全(あんぜん)で豊(ゆた)かな生活(せいかつ)をおくれるようにと思(おも)いをこめて「エコ」という言葉(ことば)が使(つか)われているんだ。」
すなわち、基本はエコロジー(生物学=生物環境に優しくする)だが、もうひとつの意味としてエコノミー(経済的)という相反するふたつの理念から成り立つ、造語である。
大部分の人は、前者のエコロジーがECOの主体だと考えているに違いない。
なぜなら、ECOの話題をTVなどでみたとき、自然環境に優しくというテーマにしかならないからだ。
なぜ、エコロジーを今わ際にするかというと、無秩序な経済活動により、自然が失われたからである。
総論としてエコロジーとエコノミーのバランスをとりましょうということなら話はわかるが、各論になるととたんにばかげた論理がまかり通るようになる。
小生が考えるECOとは、行き過ぎた面を反省し、自分達が住みやすい環境を作るため多少の我慢と考え方の転換をしようという事がECOの本質的な考え方だと思う。
でも実態はそうではなく、単なるブーム、さらに言えば経済的発展をもくろむ人たちのキーワードとして利用されているに過ぎない面が多く見られる。
1.節電
特に意味が無いのが「家庭から節電」「電気はこまめに消しましょう」という奴だ。
これは「チームマイナスマイナス6%」などが良く掲げていたスローガンだ。
実際にエコノミーに効果はあるが、エコロジーとしては、ほとんど効果が無い。
国もしくは電力会社の電力供給には「全消費者(企業・家庭)不足なくで電気を供給する」使命がある。
そもそも電気の生産には割合の大きなものとして火力・水力・原子力の3種類がある。
電力会社からみて一番の問題は企業や公共施設への電力供給が不足することである。
もし、電力が不足して供給できない状態になれば、非常に計算しやすい「巨額な経済損失」というものを突きつけられ責任問題に発展する。
そのため電力会社では、すべての施設が稼動しているという状態を予想・計算して発電している。
すなわちピーク電力の消費予想発電しか出来ない構造なのである。
すなわち、恒常的に使わないことが確実に予想される状態が無ければ発電量を下げられない。
人の善意というあやふやなもので、社会を危険にさらせないのである。
家庭での消費電力を抑えても、発電は止められずエコロジーにはならない。
一部の家庭の電気代が節約されるというエコノミー的な効果はあるが、結局かかった経費は同じなので、電気代が上がる可能性があるので、それも怪しい。
本当に電力使用を控えるというなら、過程においては電気製品を買わないことである。
また、国家の視点から世帯人数あたりの電気消費量の上限を決めてしまうことである。
電力会社としては、最も環境負荷の高い火力発電を減らすとことに尽きる。
この3つのいずれか、個人的には出来れば便利な生活を捨てたくないので3つめの施策の実施を最優先にしてほしい。
地方分権が叫ばれているが、それこそ発電も地方分権をおこない、都市圏にも原子力発電所を作るべきである(よりリスクの低い対案が有れば別だが)。
遠くから、電気を供給すると電気抵抗などによるロスが無視できないほど大きくなり、節電などまったく関係ないレベルになってしまうのは事実である。
2、節水
節水にはエコロジー的側面は無い。有るのは渇水対策と家庭の水道料金が下がるというだけ。
よく考えてください、一滴の有害物質を1リットルの水に入れたときと、10リットルの水に入れたとき、どちらが早く分解するか、またそれを流したときどちらが自然界に影響を与えるか?
水資源は循環型資源なので、出来るだけ効率よく廻す、すなわち一箇所に溜めないほうがいいのです。
古人曰く、「たまった水は腐る」「水流れて清し」、まったくその通りなのである。
だから、極端にいうと節水型の洗濯機や食器洗い乾燥機などは濃縮した毒液を下水に吐き出していることとなり、浄水場の負荷があがって、清浄しきれなき水が河川に放流されることになる。
ただ、浄水場のキャパシティという問題も有るので一概には言えず、雨水などの問題も有るが!
だから、節水家電は家庭の水道代にしか恩恵を与えない。
ただし、我が家もだまされた口だが、節水を謳う家電の電気消費は半端ではない。
手洗いの1/10の水で洗えて年間○○円水道代がお得になりますよという、食洗器が恐ろしく電気を喰う。
エコロギー的には水は廻すべきものであり、生分解性の優れたもの意外は流さないことが一番なのである。
3.ゴミの分別・リサイクル
一部で「分別・リサイクルは無駄」というテレビを見ました。
自治体によっては分別する条例だけ作って、結局処理法は同じ、リサイクルもしていないというものだったと思います。
私もいろんな街に住み、地域ごとのルールで分別して「これってどうなんだろう」と考えていました。
燃えるゴミ、燃えないゴミは処理方法が異なるので最低限分けなければいけませんが、それ以外は決してエコロジーではなく、エコノミーの事情に左右される部分だとお思います。
アルミ以外のリサイクルは実際にやると環境負荷が大きすぎるのではないでしょうか?
ビン類のリユース・リターナブルも例外ではありません。洗浄や最製品化のための処理の環境負荷が一から作るのと比べてどうなのか?詳しい資料は持ち合わせていませんが、環境に良いというレベルではないのでは。
プラスチックについてはさらにそうです。普通の人がPP,PE,PET、塩化ビニルなどきちんと分別できると考えるほうがおかしくないですか?もっと言うと無色、半濁色、着色(色別)まで分けないて不純物は完全に取り除かないと、リサイクルなんて出来ません。
基本的にプラスチックはリサイクルすると最初の用途から数段レベル(品質、耐久性、衛生度など)の落ちる製品にしかリサイクルできません。
まとめて溶かして、建材の一部に使うといった方法しか有意義ではないのではないでしょうか?
古紙も然り、数年前ニュースになったとおり、古紙の含有率が上がるとまともな紙が出来ません。
また、古紙を再生するための漂白などに異常な量の漂白剤や化学物質が必要になり、それが自然界に流れ出します。(浄化槽は通りますが、浄化槽にもいろんな問題があるのです)
本気で、地球環境を考えるなら無駄なものの「製造・販売制限」をおこない、ワンウェイで使ったものはすべて焼却するという方法がベストです。
古の良いものを長く使う、リサイクルは家庭内だけ(お下がりや何かの材料として使う)という考え方を見直す必要が有るんではないでしょうか?
4.ECO替え
科学が発達し、家電や企業用設備などでもCO2排出や電気消費ガ少ないものが開発されていくことは結構なことで、これが自然に各家庭や企業に普及していくことはすばらしいと思います。
ただ、これと景気回復のための買い替え促進策を組み合わせるのはどうか?
1台の機械、特に精密になればなるほど1台あたりの製造による環境負荷が高くなります。
買い換えることはゴミが出ること、このあたりもすべて計算して買い替え振興を行っているとは到底思えません。
使えるものは少々燃費が悪くても、電機を食っても、最後まで使い切ることが、本当は重要なのです。
そういう意味ではライフサイクルが短くなったデジタル家電なんかは、製品寿命の向上を法制化すべきだと考えます。
みんなが快適に暮らせる明日をめざすということは衆目一致の事実。
正しい視点で、一人一人が生活を考えることと、もし危機的状況が本当なら、国が非常時宣言をして環境統制することが、効率よいECOだと思います。
エコノミー=ECOでは有りません。