やっと気持ちの整理がついてきた。
年末に友達のD君が亡くなった。
前の会社で稀有な同い年だった。
まだ子供さんも小さかったのに・・・
こいつも心の病を抱えていた。
たぶん、PTSDに近い統合失調症。
本人曰く、昔「楢山節考」という映画があったが、それに関連したNHKの特集番組があまりにもショックで、それが心の病につながったらしい。
自信が退職勧奨で会社を辞めてから、半年後ぐらいに同じく退職勧奨で辞めたらしい。
辞めたらしいというのは、連絡取ってなかったから。
いや、自発的に彼から連絡あっても返さなかったから。
本当に悔やまれるが、当時自分的にいっぱいいっぱいでメールや電話というコミュニケーションすら受け止められなかった。
最後の言葉を無視した、深い豪。
会社にいたころは、同病相憐れむではないがお互いの病気について相談しあった。
特に彼はリスカもしてたし、自殺をほのめかすような発言が多かったので、亡くなったと聞いたとき、すわと思ったが体調も不安定だったので一応病死だったと聞いた。
でも、学生時代の親友T君も表向きは病死だったが、実は緩慢な自殺。
D君も真相はわからないが、よく保険金を家族に残せる形で能動的に死ぬにはどうすればいいかをよく考えていた。
粗製乱造の団塊ジュニア世代は、開高健とは言わないまでも心の地獄を持っているものが多いような気がする。
彼に対する会社の扱いは酷く、いまだにもう少し助けてやれなかったか悔やまれてならない。
俺は新卒入社で、彼は中途。
工業高校卒業で製造現場の作業員として入社したのだが、当時の社長が電気が多少わかるという理由で機械部門の開発職に異動。
本来なら喜ぶべきところかもしれないが、彼には身の丈に合わない開発という仕事だった。
機械部門の開発は嘱託のおじいさんが二人だけ、彼が現役世代として責任を取らないといけない。
前の会社はメーカーなのに営業至上主義という不思議な構造を持っていた。
しかも、実績ではなく口の立つ者が勝ち組という成長の余地のない組織。
当然ロジカルな集団思考とはならず、たった一社の顧客ニーズが、多少うるさい営業にかかれば全体のニーズとして受け入れられる。
機械関係の実務責任者だった彼は、コンセプト→モックモデル→試作→本試作→製造への落とし込みというプロセスが必要な躯体制作の中、営業からのちゃちゃ入れでやり直しを重ね、最終的にはプロダクトアウト。
売れないのは、商品が悪いからだとののしられ、フォローしてくれる上司もいない中、ずっと苦しみ体と心を壊していった。
勤続年数も職責も上だった自分が、上司として彼の部署に回してほしいと根回ししていたが、実現せず。
何やかんやで、こうなってしまった。
彼の死を知ったとき、自責の念で心の一部が壊れた。
ただ、家族を守りたいという彼の意志が、何とか自分への教訓にもなっている。
今日ワイドナショーで、金八先生が「高齢化社会を乗り越えるには若い者の力が必要で、日本がモデルになるべき」みたいなことをほざいていたが、若者の力を借りて年寄りが自分たちで生活を立てる以外には方法はない。
若者に負担をかけるだけでは、楢山節を再現させ心の傷を後世に残すことにしかならない。
ちょっとズレるが、高々河原者のヴァイオリン弾きの高嶋ちさ子だったかの話題も出ていた。
子供のゲーム機壊した画像をSNSに上げたとか・・・
狂人だ。
小学校の時、友達が父親にゲームウォッチやらクレイジークライマーなどすべて叩き壊された。
その晩、友達は首を吊って逝ってしまった。
普段から、教育熱心な父親で口うるさく、俺らと遊ぶのにも相当制限があった。
また、その友達は軽いいじめにあっていて、ゲーム以外に逃げ場がなかった。
自分の価値観と会わないからといって、子供の趣味を否定するのはゲスの所業。
子供の逃げ場をなくす=育児放棄と同義。
子供の持ち物を壊す=DV以外の何物でもない。
許せない気持ちになる。
D君は気のいい奴だった。
自己満足だろうが、何とかお悔やみを言えるぐらいに復調したことを言いたかっただけ。