もしかすると…のものがたり。 | フィッシャーキングの友人

もしかすると…のものがたり。

帝国空軍大戦略


帝国空軍大戦略~本土防空決戦
工藤 誉(歴史群像新書)

上海脱出指令」の作家さんの第二作としてアマゾンで発見して購入しましたが、「上海~」が上下巻の長編とすると、こちらは単巻完結で、それが功を奏したか、スピード感もあり、一気に読める好作品だと感じました。

私は、3冊ぐらいの本を同時に読むのが常で、これと同時に読んでいたのが、沢木耕太郎の「危機の宰相」と、塩野七生の「緋色のベネツィア 聖マルコ殺人事件」。たまたま3冊とも、国家の危機に際しての政治的リーダーのとるべきリーダーシップについて、史実を踏まえて描かれた作品だったこともあり、相乗効果も働いたか、3冊とも、すこぶる面白く読めました。

小説の舞台は、1944年(昭和19年)。戦争をいかに終わらせるかについて、実際の史実とは異なるストーリーを描いています。ただ、それが、単なる作者の空想ではなく、記録として残る事実を下敷きに、「この計画がうまくいけば、この話はあり得たのではないか」という「もしかすると…の物語」を、丁寧に丁寧に積み重ねたものとなっています。

例えば、作品のクライマックスである、帝都東京に原爆を落とすというアメリカの作戦を阻止するために、この作品では、ドイツ空軍の戦闘機「Ta152」が活躍しますが、これは、1945年1月に日本陸軍とドイツ航空省の間でライセンス契約が締結されたという史実に基づいたものだということが、作者あとがきにあります。実際にはドイツ降伏により計画は頓挫したそうですが、それが成っていたら、という仮説に基づいたものだからこそ、読ませるのだと思いました。

さらに、この、ドイツ最新鋭機を日本まで輸送し、大量生産にこぎつけるためにいかに日本国内のメーカー、その技術者や組立の職人さんたちが努力したかという記述には、なにやら、現在の私達を勇気づけてくれるような熱いものが感じられました。

前述の他2作品にも共通していたのは、危機的局面にある国家(だけでなく、ある組織もそうでしょう)がその困難を乗り切るためには何が必要なのか、が書かれていました。それは、下支えするひとりひとりの能力と精神力と、選ばれし者であるリーダー層がそれぞれの持場で強い責任感を持って役割を果たし尽くすこと、そして、それらリーダー層からの圧倒的な支持を得るリーダーの、強い意思と行動力と言えるでしょう。さらには、「運」も必要なのかもしれません。

さて、史実に照らしあわせた批評を書くとすると上述のようなマジメな感じになりますが、前作同様、登場人物たちのキャラクター設定が面白く、実在の、大空のサムライ、坂井三郎さんをはじめ、飛行機乗りたちのカッコよさには、ホント、胸がワクワクします。ドイツ製飛行機の組立生産をやり遂げる、川崎重工の職人さんたちの姿も生き生きと描かれ、実際「飛燕」を生産する現場はそういう雰囲気ではなかったか、と想像できます。

個人的には、関西出身の木村飛曹長の、管制室とのやり取りのエピソード、普通なら「了解」と帰ってくる無線が、木村からは「よっしゃ」と帰ってくる、そのたびに、管制室が和やかな雰囲気になる…というくだりが楽しくて、あぁ、実際そうだったかもしれないなぁと想像されて、とても好きです。

実際に起こった歴史を知ることは大切なことです。けれどそれは、そんなに楽しい作業ではないかもしれません。「強制的にやらせる勉強」が、そんなに楽しくなかったように。でも、こうしたエンタメ作品によって当時のことに興味を持ち、実存した人たちがどう生きたか、どう死んでいったかについて思いを巡らし、個人的な興味を抱いて原典にあたることができたとしたら、それはとても楽しい「勉強」になるのではないでしょうか。この作品を読んで、私はさらに、政治家、軍人以外の人々、戦闘機を設計し作った人々に対して、彼らのことを知りたい、と思うようになりました。