アテにならない「自己管理能力」。
チームハックス
仕事のパフォーマンスを3倍に上げる技術
大橋悦夫・佐々木正悟(日本実業出版社)
大橋悦夫さんの「LIFE HACKS!」を読んだことで、レコーディング日記に仕事に関する記録をつけるようになった のだが、そのおかげで、導入前後でかなり生産性の向上を実感している。前作は、個人の業務に特化したテクニックの紹介だが、本作「チームハックス」は、それを2人以上の複数人で実現させようというもの。
確かに、どんな職種であれ、一人で仕事が完結することは少ない。役割が明確に分担されている場合でも、仕事には工程があるので、自分の業務の前と後には、社内外問わずパートナーが存在するだろうし、文字通り、ひとつの作業を共同で行うこともある。そう考えると、個人の業務改善が実現されたあとは、やはり「みんな」で「HACKS!」を実践しよう!ということになるのだろう。
この本は、大橋さんと佐々木さんという2人の著者の共同執筆で書かれた本であるため、これに編集担当者が加わった3~4人で実際に「チームハックス」を実践しており、そこで得たノウハウが紹介されているため具体的で非常にわかりやすい。
・Googleカレンダーでお互いのスケジュールの共有
・Wikiを使って原稿執筆をリアルタイムに共有
・作業情報をグループブログで公開する
などなど。
こうした具体的なノウハウが書かれているのはモチロン参考になるが、テクニックばかりかというとそうではないところがこの本のおもしろいところで、その理念は「メンバーシップが人を動かす」という最終章に現れている。
「自己管理」は仕事の基本中の基本だと思って来たが、この考えに基づくと、「自分のことは自分で都合良く解釈してしまうが、他人の目はごまかせない。だから、自己管理より、相互管理の方がすぐれている」ということになる。似たようなことを昔考えたことがあって、「不言実行・不言不実行・有言実行・有言不実行」の4つを、たちが悪い順に並べてみよう、という遊び議論をしたことがあるのだが、議論相手がつけた順序は、
1 有言不実行
2 不言不実行
3 不言実行
4 有言実行
だったが、私がつけたのは以下の順序、と逆で。
1 不言実行
1 不言不実行
3 有言不実行
4 有言実行
議論相手は、「なんで?不言実行ってかっこいいやん」と言うが、私は「不言実行も不言不実行も同じ」という考えだ。なぜなら、「できた」ことだけを言えば、それは「不言実行」になる。だったら、やったかやらなかったのか、実際のところはわからないではないか。だったら、まだ「有言不実行」の方がましだ。「やる、やる、絶対やるってば!」と言いながら、できない。できないのは問題だが、何ができていないか、周りにはよく分かるから対処のしようがある。そう反論した。
「自己管理から相互管理へ」というこの本の考えは、この考えと基本が似てるなーと思った。「自己管理」という名のもとに、「できてないこと」も「自己完結」してしまうより、すべてをさらけ出してしまうことによって、できてることもできてないこともチームで管理していきましょう、と。
自分の能力を過信しない、自分で何でもできると思いすぎない、という点で、今後の仕事の進め方で参考になりそうな考え方だと思う。
(参考になった文章を引いておきます)
リーダーシップからメンバーシップへ
チームハックスの考え方やアイディアには共通点があります。それは、メンバーが主体となって行う行動に焦点を充てているという点です。例えばタスクリストを公開することによって、同じ立場にいるメンバー同士で「ピアプレッシャー」を分け合うことができます。自分の仕事を自分一人で管理するのではなく、リーダーに管理されるわけでもなく、チームに管理してもらうようにするわけです。最終的に仕事をするのはチームの末端にいるメンバー一人ひとりですから、メンバー自身が自らの仕事を力強く進めていくために、チームを活用するという視点が求められることになります。
これは、いかにリーダーがチームを管理するかという視点とは一線を画するものです。「リーダーシップ」という言葉がありますが、これまで紹介した方法は、いうなれば「メンバーシップ」と呼ぶべきものでしょう。
人の「自己管理能力」はアテにならない。
本書の主題である「リーダーシップからメンバーシップへ」は、考えようによっては「自己管理から相互管理へ」と見ることもできるでしょう。
「自己管理」は確かに理想的です。しかし、心理学的にいえば、「自己管理能力」というもおはかなりアテにならない能力です。この能力にたより、ごく少数のいるかいないかわからない「自己管理能力がある人間」に期待するよりも、多くのメンバーが「相互管理」したほうが、はるかに全体としての成果が期待できます。
なぜ人の自己管理能力が信頼できないか。その理由は3つあります。
第一に私たちは、ありもしないものをあると思ったり、本来あるものを簡単に見落としてしまったりするからです。
第二に私たちは、未来の自分の状態を予測するのに、現在の自分の状態を基準に使います。「今」やる気なら、「明日も」やる気だと思い込むのです。「今日」やれたことなら、「明日も明後日もその次の日も」できるはずだと思い込むのです。そういう危ない未来予測に、仕事の見積を任せがちなのです。
第三に私たちは、過去の自分を合理化します。たとえばプレゼン前、準備不足で青ざめていたにもかかわらず、最終的にプレゼンが終了してしまうと、実際には入念な準備をしてこなかったにもかかわらず、あっさりと自分で自分をごまかしてしまいます。やりもしなかったことすべてをやり通したと信じ、やるべきでなかったつまらない失策を都合よく忘れることができるのです。
たとえば、私はスケジュールを組むとき、「本当はもっとたくさん仕事をしなければいけないのではないだろうか」という強迫観念に駆られることもあるわけです。そうしたときは、後で考えれば自分がおかあしくなったとしか思えないような、むちゃくちゃなスケジュールを立ててしまいます。それを他の人が見ればすぐに、「そんなにできるわけないでしょう!」と指摘してくれるでしょう。この指摘は、「ここまでやらなければ!」と思い込んでいる私に対して、非常に有効なブレーキになってくれます。他ならぬ「他人が」、「それは無理です」と言ってくれるのですから、それならばスケジュールを少々現実的なものにしても、自分で自分を甘やかしていることにはならないわけです。
