こんにちは。



「不安」専門カウンセラー
石岡みおです。

 

プロフィールはこちらです。

 

 

 

私が、心理学を学んだのは

人生が、悩み多いものだったからです。

 

 

ここ最近、

「私の苦悩の入口はどこなんだろう?」

と考えることがよくあります。

 

 

ネガティブ思考の

スパイラルに入る時

 

そこには「いつものパターン」が

あるように感じたからです。

 

 

ここを自分なりに

深堀してみたので

気づいたことをシェアしたいと思います。

 

 

 

 

私の人生に

「苦悩」がつきまとうのは

 

 

「自分を生きたい」

と思いながら

 

「自分を生きない」

という選択を

くり返してきたから

 

 

 

これが

かなり大きい要因の

1つだと思います。

 

 

 

 

「自分を生きない選択」

とはどういうことかと言うと、

 

何かに迷ったり

悩んだり

考えたりする時

 

その答えを

「自分の中」に探しに行く前に

 

「自分の外」

 

具体的には、

メンター

友達

同僚

等、から得ようとする

 

ということです。

 

 

 

ここにハマると

私の「苦悩」が始まり

 

結果的に不安や焦りが

どんどん

ふくらむんだなぁと

改めて気づきました。

 

 

 

私は昔から

可愛がってくれる「先輩」に

恵まれてきました。

 

 

20代に入ってからは、

常に誰かしら

「メンター」という存在も居て

 

その人の生き方や考え方

「教え」のようなものを

生き方の指針にしてきました。

 

 

 

自分に

全く自信が持てなかった私にとって

 

ズバリ言ってくれる

メンターの存在は

とてもありがたいものだし、

 

「答え」を出してくれる存在から

生きる勇気を

たくさん与えてもらってきました。

 

 

そういう意味では

とても恵まれていたなぁと

思います。

 

 

でも、「その存在感」が

私の中でかなり大きかったことが

 

「自分の頭で考える」

「自分の心に問うて答えを出す」

 

という力を付ける機会を

遠ざけていたようにも思います。

 

 

 

今でこそ、誰かの意見を聞いても

 

「この人の意見を採用しよう」

「この人の意見は採用しないようにしよう」

 

という選択が

ずいぶんできるようになったのですが

 

20代の頃は

その取捨選択すらできませんでした。

 

 

 

当時は、かなり重症で、

すべての人の意見が

「正しく」思えてしまっていました^^;

 

 

 

「この人が言っていることと

この人が言っていることが

まったく逆で

どちらが正解なのか

解らなくて混乱する」

 

ということが、

心の中で、しょっちゅう起きました。

 

 

 

誰よりも

一番優先度が低いのが

「自分の意見」で

 

例え自分より

経験の浅い人の意見であったとしても

 

その人の話を聞いていると

どこか、

「この人が正しくて

自分が間違っているんじゃないか」

という思考になってしまうのです。

 

 

 

仕事のやり方、のような

具体的な事ならまだしも

 

「生き方」や「価値観」

のようなことについても

 

人に相談し、

メンターに指針を示してもらえると

安心し

 

でも、そのたびに

そのようには生きられない自分と直面し

落ち込み

 

「私はやるべきことがやれていない

ダメな人間だ」

と考え、自分を責め...

 

そういうことを

くり返していたように思います。

 

 

 

 

私が「正解」を求めた人の中には

 

意図的に、私を自分の意見に取り込もう

とした人もいましたが

 

もちろんそういう人ばかりではなく

 

「私の意見はあくまで、私の主観で

それを採用するもしないも

あなたが、しっかり自分と向き合い

取捨選択してくださいね」

 

と、とても丁寧に

伝え続けてくださった方もいました。

 

 

 

でも、相手がどれだけ、

そこに気を付けてくださっても

 

特に「自分が尊敬する人」の発言は

「絶対」となりやすく

 

自分の中に答えを探す姿勢を

放棄してしまいやすいのです。

 

 

ココが、私の

「苦悩の入口だ!」と気づきました。

 

 

 

「自分」という主体を

他者に明け渡した時

私の苦悩が始まるのだと思います。

 

 

 

自分の「外側」にある正解を

一生懸命探し

そこに当てに行こうとするわけです。

 

でも、

「どうするべきか」

「どう生きるべきか」

ということに答えはありません。

 

 

だから、いつまでたっても

答えにたどり着けません。

 

 

そりゃ、苦しいですよね^^;

 

 

 

 

心理学者の

ヴィクトールフランクル博士は

 

人間とは、

生きる意味を「問う存在」なのではく、

人生から「問われている存在」だ

 

と言いました。

 

 

 

迷った時

悩んだ時

 

「それで、あなたはどうしますか?」

と、

 

人生の方から、

私に問われているのに

 

私はどうしても

その問いの答えを

自分の力で出そうとすることを放棄し

 

自分の内面ではなく

外側に求めてしまうのです。

 

 

 

もちろん、

先人の教えや

尊敬している人の教えを

存分に学ぶことは

とても大切だと思います。

 

 

でも、

そこで「思考停止」して

 

自分で取捨選択することなく

「これが答えだ」としてしまうのは、

 

責任放棄だよな~^^;と

改めて思いました。

 

 

 

私がどう生きるか

私がどうすべきか

私がどんな答えを出すのか、

 

その正解を

他者がもっているはずがない

と、冷静になればわかるのですが...

 

迷う

悩む

 

こういう局面になると

 

今でも

「外に求める自分」は

少なからず

出てきてしまいます^^;

 

 

 

自分で答えを出す

 

というのは

とても孤独だし

勇気もいることですが、

 

少しずつでも

自分で出した答えの中を

生きていけるようになると、

 

人生という長距離走を

持続可能な形で、

軽やかに走り続けていけるのではないかと

思います。

 

 

 

「それで、私はどうする?」

 

 

この問いを

いつも自分に投げかけて

 

自分の足で

「自分の人生」に挑戦していきたいな

と、この年になって思う、今日この頃です^^;

 

 

 

 

 

「あなたはどう生きますか?」

 

 

 

 

最後までお読みいただき

ありがとうございます。

 

 

 

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「自分軸で生きたい」あなたを応援するカウンセラー 石岡みお

 

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