入院生活2 | たぶん日刊miomio

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極低出生体重児・みおちゃんと
家族の毎日

★2014年3月31日(月) 27w3d


職場に連絡しなければならなかったので、

看護師さんにお願いし、車椅子で携帯電話使用可能な

デイルームに連れて行ってもらいました。


4月に上司の異動があるため、今の上司と

同じ職場で働けるのはこの日が最後でしたが、

会ってきちんとご挨拶もできず、無念でした。


体調は変わらず、ものすごい副作用で体はヘロヘロ。


定期的に看護師さんがモニターを付けにやってきて、

赤ちゃんの様子を確認していきますが、

いつでも「赤ちゃんは元気ですよ~」と言われていました。


私はこんなにヘロヘロなのに、

お腹の中はなんともないのかと不思議な感じでした。

まあ、赤ちゃんが元気ならなんでもいいや。



★2014年4月1日(火) 27w4d


入院生活の最終目標は、予定日である6月27日までもたせること

でしたが、すでに体がヘロヘロの私にはあまりにも遠すぎて、

小さい目標を小刻みに決めていくことにしました。


まずは4月2日までもたせること。

妊娠状態を継続してこの日を迎えれば、

赤ちゃんは学年がひとつ上にならずにすみます。

ただでさえ小さく生まれてしまいそうな娘、

その上3月(4月1日含む)生まれになってしまったら、

ひとつ上の学年の子どもたちと同級生として

やっていかなければならなくなります。

そうなったら周りとあまりにも差が出てしまい、

本人も辛い思いをするのではないかと思い、

とにかく4月2日まで頑張ること、これをまず最初の目標にしました。


その次は28週。28週を超えれば、8か月。

生存率も、95%以上になります。


それからそれから・・・


そんなふうに小刻みの目標を決めていました。


先生に、いつお産が進み始めてもおかしくない状態だから、

そうなった場合にお世話になるNICUの医師の話を

夫婦で聞いてくださいと言われました。

夫に連絡し、土日なら休みで時間もあるということで、

調整していただくようお願いしました。

夫は、仕事終わりにときどき見舞いに来てくれていました。



★2014年4月2日(水) 27w5d


お腹の「張り」を感じたら、すぐに言いなさいと先生に

言われていましたが、この頃の私は、何が張りなのかもう

よくわからなくなっていました。

「ん?お腹痛い?・・・いや、違うか」がしょっちゅう。

どの程度痛みがあれば看護師さんを呼ぶべきなのか。


一度なんだかいつもより痛いと思い、看護師さんを呼んで

モニターをつけてもらったところ、特に変化があったわけでもなく、

空振りに終わった(変な言い方ですが)ことがあって、

さらに「張り」がわからなくなっていました。


空振りの時、「えっ、なんにもなかったですか、ごめんなさい」と

申し訳なくて慌てる私に、「でもお母さん(私)が感じたなら、

きっとそのときはそうだった(張りが強かった)んですよ」と

看護師のHさんが慰めて(?)くれました。とてもありがたかったです。


看護師さんは皆さんいい方でした。

大きな病院なので、3交代で次々と変わっていくのですが、

どの方も親切で、過ごしやすかったです。

私を担当してくださったSさん。メイドカフェにいると

嬉しい(行ったことないですが)可愛らしい雰囲気の、

ザ・ほんわか女の子で、語りかけも優しく、

白衣の天使っているんだ、と思ったほどです。


スタッフについて、驚いたのは先生方も看護師さんも

みんな全体的に若いのです。

大学病院という名から、おじさん先生やベテランの

おばちゃん看護師さんがわらわらいる様子を想像していたので、

いい意味で衝撃を受けました。

ただ、先生の内診がかなり痛いのでそれは辛かったです。