とある中国系航空会社の機内。


搭乗後、それぞれの荷物を頭上シェルターに収納していく。終わった方から着席をして個人モニターを眺める。CAさん達もゆっくり機内を歩き、全ての荷物の格納とお客様の安全着席を確認している。


「添乗員さーん、なんかね、ここ、シートベルトが閉まらないんですよ。どうしましょう。」


近くにいた中国人のCAさんの一人を呼んでシートベルトの不具合を説明する。


「それでは、こちらのお席にご移動下さい。」


そうしてお客様は無事に前方のシートに案内され着席する。

そうするとまた別のお客様に呼ばれる。


「添乗員さーん、私の席も何か変です。どうしましょう。」


同じCAさんにまたシートの不具合を説明する。


「この方も席を変えて頂けますか?」と私。


「困りました。。もう今日は満席で空席がないのです。」


「ではこの席は直せますか?」


そのシートは後ろに45度反り返った状態で元に戻らない。これでは離陸の時に危険だ。


CAさんは意を決したように言う。


「お客様申し訳ございません。」


来た!ビジネスへのラッキーアップグレードか!?


「本日は大変混み合っておりますので、離陸の際には前のお座席にしっかりと捕まっていて下さい。申し訳ござません。」


な、なに~~~???


と思いながらも、内心笑いが出る。


ビジネスも満席だというので、仕方なく私がその席に座る。そしてCAさんに一言。


「あの~、離陸の時にしっかりと捕まっていられるか自信がないので、一緒に押さえていてもらえないでしょうか?」

そうするとしばらくしてチーフパーサーが何やら袋を持って、あわてた表情で私の席の横で耳打ちする。


「今回は申し訳ございません。あの、添乗員さま、よろしければこちらと、今回のマイレージ3,000マイルをプレゼントさせてください。」


中にはその航空会社の飛行機のプラモデルが入っていた。

本当はななめ45度のシートに座る事くらい私にとっては何の問題もないことだった。だけど、このまま引き下がるのがなんとなく嫌だった。プラモデルは隣の席の子供にあげた。




添乗員はマイル持ちだ。

この仕事を初めて1年も経てば全ての航空会社のプラチナカードをもらえるくらい。


ヨーロッパまでは往復1万マイル。月に2回は往復することになるので、ざっと計算して年間で24万マイル。プラチナ会員になると実際飛行の150%が貯まったり、100%のボーナスマイルがもらえるので、実際には年間30万マイルを優に超える計算になる。


特典航空券やホテルやレンタカーが無料になったり、実質、一番有難かったのは世界のラウンジが毎度無料で使えることだった。


ラウンジでは食事や飲み物、シャワールーム、インターネットが無料で提供される。ツアーの最終日、現地の空港で成田行きのフライトを待つときは、添乗日報を作成しながらこっそりと軽食を食べて優雅に過ごすひと時が有難かった。


閑散期には有給休暇をとって、このマイレージでビジネスクラスの航空券を入手し、優先チェックインと優先搭乗、無料のホテル宿泊でお金のかからないゴージャスなカリブ海のバカンスを過ごしたりできた。


普通のサラリーマンが、ゴールデンウィークやお盆、お正月にビジネスクラスでカリブ海に旅行するには一体いくらかかるのか。添乗員の休暇はオフシーズンなので、観光地はどこも空いているし、何より良いホテルに安く泊まれる。


会社では特にこれと言った福利厚生はなかったが、このマイレージだけはりっぱな福利厚生またはボーナス以上だった。


こんなことを思い返すと、また添乗員やりたいな、と気持ちが揺らぐこともある。





ある日、福岡から上海行きのフライトが条件付きで飛ぶというスタートのツアーがあった。


「条件付きフライト」とは、悪天候などで現地に降りれない場合、引き返して戻ってきたり最寄りの別の空港に着陸する可能性があるということで、それを承諾の上搭乗する事だ。


福岡を経った後、上海の天候が悪化したので、我々の飛行機は引き返してきた。


新人だった頃の私はすぐに地上係員に聞いた。


「あの~。今回のマイレージはどうなるのでしょうか?とりあえずほぼ1回往復したので、あとでもう一回飛んだら2倍のマイレージ加算ですよね?」


2回目の飛行で無事に上海に到着したが、帰ってきて加算履歴を見ると、残念ながら1回分だった。

ある意味、あの頃の私には余裕があったのかもしれない。