福岡から東京に拠点を移してからは、3か月後の予定まで順調にスケジュールが決まっていた。

半年前に911のテロ事件が起こったとは思えないくらいの復活ぶりだった。


東京でのツアー3本目にして、私の憧れのツアー「ロンドンパリローマ8日間」という絢爛なタイトルのツアーをアサインされる。


学生の時に訪れたロンドン、初めてのパリ、そして海外研修で訪れたローマ。


添乗員というものは常に研究熱心なものだ。


全ての添乗員が全ての国に下見に行ってから添乗に出させてもらうわけではない。

会社だって何百人ものスタッフを抱え、何百本というツアーを実行させている。1人1人に下見に行かせる経費も時間もない。


新人添乗員は先輩の首根っこをつかんでは、頭を下げて「レクチャー」という勉強会をお願いする。そこで一通りのツアーのシュミレーションができる。


現代では「凱旋門」と検索すれば、画像や動画付きで詳しい凱旋門の説明が出てくるし、図書館や書店にはあらゆる写真集や歴史の本などで溢れている社会だ。


お客様が持参するであろうガイドブックには一通り目を通すが、添乗員の専門書と前回の添乗員の「添乗日報」をチェックする。もちろんプラスアルファの参考書は自分で研究する。


出発前の添乗員は、自分の身支度を含め、目まぐるしく時間が過ぎていく。

そして出発当日にはもう何度もその地を訪れているかのような偽大ベテランの形相でツアーを先導する。


例えば今回のパリのような大都市では、突如車窓からの観光で添乗員が率先してマイクを握り案内せざるを得ない状況にもなりうる。


そのような緊急事態を想定して、あらかじめカンニングノートをまとめておく。インデックスをたくさん貼って、そしてトンネルの中でノートが見えなくなったとき用にペンライトも用意しておく。


用意周到に備えていれば、その緊急事態さえもウェルカムになる。


「みなさま、前方1時の方向をごらんください。パリのシンボル、エッフェル塔です。エッフェル塔は~。。。」


こうとっさに案内できると、お客様はすっかり私の大女優ぶりに騙される。


「エッフェル塔、素敵よね~。Nikkiちゃんは何度もパリに来ているんでしょう?でも何度も来るともう、わくわくしないのかしら?」


「いえいえ、そんなことないですよ。パリの街は何度来てもわくわくしますよ」


本当はとうの私がいちばんわくわくしている。

お客様の夢や希望を損なわないために、また嘘をつくのも心が痛むので、いつも未来形で答えている。


そんなパリの観光を終えて、空路ローマに入る。

このルートの上空からはアルプス山脈が綺麗に見える。


大女優業も無事終了し、ローマでは終日日本語のガイドさんがアテンドしてくれる日程だったので、ほっとしたのか、ローマでは添乗員としての大失態を冒してしまう。

お客様をナポリの港に置いてきてしまったのだ。


ナポリの港は景色が良いので、5分ほどの写真タイムを取ることがある。

バスは路肩に止めて、お客様はそんなに遠くに行かないだろうという先入観があった。


忘れもしない、この時のお客様の参加人数は23名。うち1人は小学生のお子様だった。

ツアー中、この数字を何度も何度も数えることになる。

いつも22名?あ、子供さんが見えなかった。23名間違いないです。


こんな感じで、その時もバスに戻ってから数えた人数も22名だった。

虫の知らせだったのか、念のために


「みなさま、お連れ様もいらっしゃいますね?」

と反応がないことを確認して、一路高速道路を4時間かけてローマにもどる。


異変が起きたのは、ローマのレストランだった。

一人の女性がご主人が見当たらないと言い出した。

お食事のテーブルも1人分余っている。


トイレやバスの中やレストラン中を探したが見当たらなかった。

聞くと、最後にそのご主人を見たのはポンペイの観光の後の昼食レストランだったという。


私の顔は真っ青だったに違いない。

もう、添乗員としての資格も何もない、私はもう価値のない人間だとも思い始めた。


お客様はどこにいってしまったのか。

直感的にナポリの港だと思った。


警察、大使館、現地手配会社、日本のオフィスにもすべて連絡した。

日本のオフィスはラッキーなことに平日で時差の関係でちょうど日中だった。


日本サイドは急遽ナポリのガイドやアシスタントを召集して、ナポリ中のホテルやレストラン、列車の駅などを捜索に当たってくれた。


私の名前はローマとナポリですっかり有名人になってしまったらしい。


もちろん私の食事は喉を通らず、一行は重たい空気の中でローマのホテルに戻った。

部屋に入ってからは、電話を待ちながら事実報告書を作成していた。すべての記憶が新鮮なうちに。


そして何となくロビーに降りて、その報告書を作成していた。もしかしたら帰ってくるんじゃないかとずっと願っていたから。


「想いは叶う」


深夜のロビーの自動ドアが開いた。お客様が自力で帰ってきたのだ。


何とお声掛けして良いものか言葉が見つからなかった。


「おかえりなさい、お怪我はなかったですか?すみませんでした」


夕食をお弁当にして持ち帰っていた袋を渡した。


お客様は私と目を合わせることなく

「疲れたから今日は寝る」と。


翌日聞いた話では、お客様はあの時やはりナポリの港で、道路を渡って、少し高い丘の上から写真を撮っていたのだと。そして気づいたらバスがいなくて、現地の人にジェスチャーで最寄駅を聞き、命からがら列車に乗って帰ってきたと。


とにかく、無事だったこと。それが何よりだった。


安心したのはうらはらに、不謹慎ながら私はこれからの事を考えていた。もう、私はクビになる運命なのだから。


添乗員が絶対にやってはいけない3つの事。


1、貴重品の紛失

今ではEチケットなどペーパーレスの時代になったが、当時はあの何枚も重なった冊子の航空券を添乗員が持ち歩いていた。


2、遅刻

昔、日帰りのツアーで添乗員が寝坊をしてしまい、ドライバーとお客様だけでバスは発車し、最初の観光地でねぐせのついた添乗員が登場するということがあった。その添乗員はやむなくクビになってしまった。


3、お客様の積み残し

「私たちは荷物ですか?」と怒られそうな表現だが、これもれっきとした業界用語。置き去りの事。


この3番は特に厳しい。


東京に出てきて3本目でサヨウナラ。福岡で見送ってくれた同期になんと報告しようか、アパートの契約はすぐに解除できるのか、大塚の不動産屋さんのおやじになんと言われるか、しばらくひっそりとどこかの島で暮らそうか、いろんなことが頭をよぎっていた。


そんな時にホテル部屋の電話が鳴る。


日本のオフィスから、上司の声だった。


「いま、クビになってその後どうしようか考えているだろう?罰則はたっぷりあげる。だけど、今回のお客様を精一杯サポートして、最期まで頑張って帰ってこい。帰ってきたら、あとは会社が対応するから」


涙が出てきた。


これからもずっとこの会社に貢献していくと心に決めた。