ロック・ラック・ラブ④「ワンス・イン・ア・ブルー・ムーン」
秋のGⅠスタートに伴い、恋愛競馬予想小説『ロック・ラック・ラブ』連載再開です。どうかよろしくお願い致します。******************************************************************* 受注していたパッケージデザインの最終稿を仕上げた頃には、すでに太陽は沈み、夜の気配が空一面に漂っていた。秋の日はまさにつるべ落としで、一日が短い。 昼食もとらずに仕事に打ち込んでいたので、空腹感がとたんに襲ってくる。冷蔵庫を空けると、そこにはハムサンドとシーチキンサラダが用意されていた。出かける前に、祐希が作ってくれていたようだ。 テレビをつけると、近く公示される解散総選挙のニュースが流れてくる。野党の一大勢力が新党に合流する流れを受け、混沌となっている政局について、コメンテイターが延々と解説を行っている。 レモンフレーバーのペリエをグラスに注ぎ、ハムサンドを頬張る。ハムとチーズの芳醇な味わいとともに、疲れが身体の奥底からわき上がってくる。 明日から早くも十月だ。あっという待ちに過ぎていく月日を実感すると、なんだか名状しがたい不安感に襲われてしまう。祐希はそんな不安を感じることはないのだろうか。 来月からは、祐希のバンドのツアーが始まる。ただ澪は仕事が立て込んでいて、観にいけるライブは地元ライブハウスでのツアーファイナルのみとなりそうだった。この夏も二人でどこにも出かけることができなかったし。サラダのサニーレタスがほろ苦い。 そんなわけで明日の日曜も祐希はバンド練習に追われていて、澪は一人で貴重な休日を過ごすはめになってしまう。ちょうど秋のGⅠがスタートするのが幸いだ。馬券が当たってワインを一人で存分に味わうのも、外れて酔っ払いクダを巻くのも、祐希がいなければ大差はない。 今週のGⅠはスプリンターズステークスだ。スマホのアプリを開き、調教動画をチェックする。 中央競馬のスプリント路線を巡っても、ロードカナロアの引退以降、スター不在の状況が長く続いている。現在の政局と同様に、どの馬が主役に躍り出ても不思議ない状況だ。 群雄割拠の中から一歩人気が抜け出ているのは、去年のこのレースの覇者で、やや距離の長かった前走・安田記念でも三着と好走したレッドファルクス。それに今年の高松宮記念を完勝したセイウンコウセイなどが続く。でもこれら人気馬を軸にはしたくないし、相性の悪い戸崎騎手や武豊騎手の馬はなおさらだ。じっくり馬柱に目をこらしていると、ある馬に目がとまった。「あ、この馬のスピードなら…」 通用するかもと澪が感じたのは、ワンスインナムーンだ。二週にわたってコースにて併走で追われた調教は、いずれも躍動感あふれるものだった。過去の戦績でも、惨敗した高松宮記念を除けば、レッツゴードンキとも勝ち負けの勝負をするなど、それほどの差はないように感じる。「ムーンかぁ。月はいいよねぇ」 ワンスインナムーンの馬名の由来を調べてみると、《“once in a blue moon”より》となっていた。“blue moon”とは、満月がひと月のうちに二回あることで、二年か三年に一度のできごと。それが転じて“once in a blue moon”は「めったにないこと」という意味で使われているそうだ。 去年は確か九月中旬に、仕事を終え帰宅した祐希と中秋の名月を二人で眺めた。夜中のベランダは少し肌寒かったが、いつまでも肩を並べて月の光を浴びていたい気分だった。身体が冷えてきたなと感じたとたんに、何も言わず祐希がそっと肩を抱いてくれたのを今でもはっきりと思い出す。その優しさに心が震えた。「今年の中秋の名月は、と」 スマホで調べると、二〇十七年の中秋の名月は十月四日とあった。今年はまた二人で、あの透き通るような時間を共有できるのだろうか。「めったにないこと…か。」 まぁそれでもいいや、と澪は思い直した。たとえ離れていても、きっと同じ月を見ている。祐希と私はいつも一緒にいるんだから。 スピードにまかせて逃げ切って。そして中秋の名月の夜には、祝杯をあげよう。祐希が一緒でなくても、二人で特別な時間を感じられるようにね。 胸の奥につっかえたままの不安を流し込むように、澪はペリエにジンをつぎ足して、一気に飲みほした。 澪の予想/ニ〇十七年「スプリンターズS」◎ワンスインナムーン〇フィドゥーシア▲セイウンコウセイ△ファインニードル×レッツゴードンキ×レッドファルクス×メラグラーナ×ラインミーティア×ブリザード☆シュウジ◎〇▲△☆ 三連複BOX◎〇▲△ 馬連、ワイドBOX◎〇△☆⇄▲ 馬単◎〇→▲→×☆三連複◎→×☆ワイド単勝 ◎〇☆買い目 総計五十一点