♫会いたかった 会いたかった 会いたかった YES!

 ひみこ~~♫

 

まさに神話だし、伝説だし、孤高の人 『卑弥呼さま』

最近の政治・経済の状況を見て、私は思う。

「保守」とは何か・・・

「政治・政策」とは何か・・・

「宗教」とは何か・・・

 

すみません。

生ちゃん、おおいに、今の政治にもの申す!!!

 

最近、旧統一教会と政治家とのズブズブの関係が取りざたされ、テレビやネットの報道系番組が賑わっているが、あの団体は、およそ宗教・信仰などとは相当かけ離れたまさにカルト団体である。かつてのオウム真理教となんら変わりなく、人の弱み(深き悩みを抱えて、人生の岐路に立つ人々の苦悩)につけ込んで、桁外れのお金を強奪して、『反共』『家族』の名の下に人々を呼び寄せる全く怪しからぬ団体である。今の政治家たちは、騙されたことを大いに反省して、必ずや旧統一教会の解散と資産剥奪、被害者救済を成し遂げねばなるまい。それが安倍銃撃事件の唯一の救いとも成ろう。国葬などと、下らぬ発想しか出来ない岸田総理は、即刻退陣して頂きたい。

 

旧統一教会と政治家とのズブズブの関係 あるいは

『反共』に共感協力する単純極まりない人たちの生き様・・

「国際勝共連合」と言いながら、教祖文鮮明は、北朝鮮と親密関係にあって、日本の信者から巻き上げた巨額のお金を北朝鮮に送っていたのである。

かえって気の毒でならない。本質を見抜けない、騙されやすき者、それが選挙のみに全力を挙げる今の政治家どもの姿・・。ああ、あわれなるかな・・・

自民党だけではない。野党もまったく怪しからぬ。

投票率が上がらないのも無理はない!

だれにも入れようが無いからである! かつて人気を博したタレント議員に投票せざるを得ない、それが日本の国政選挙の実態である!

私などは、この国のありさま、未来将来を憂えずに居られない。

いったい、日本国はどうなってしまうのだろうか・・・

子どもたちに、明るい未来はやって来るのだろうか・・・

そこで、今一度、卑弥呼のすばらしさを想うところである。

卑弥呼の生き様を知りたい方は、是非、生田魅音著『卑弥呼物語』を読んで頂くことをお勧め致します。

 

「保守」と一言でいうが、日本の良き伝統や文化、人としての生き様、人生のあり方の追究は、現代ではかなり失われつつあると言って良いと私は思う。というか、そもそも明治維新の時、その真心は、大いにぶった切られてしまった。そしてかつての軍国主義のせいで、「美しい国」は失われたのである・・・

 

卑弥呼の時代、倭人は女王の教えに従って、「この国のかたち」を懸命に模索していた。

「共存共栄の精神」

「異文化受容・共生社会の実現」

「うつくしい自然に畏敬の念を抱き、もののあわれを感じる心」

「困っている人、傷ついている人に、手を差しのべ、共に苦難を乗り越えようとする優しさ・逞しさ」

「子どもの将来を見据えて、本質を見極めきるすぐれた生き様に、技術と生産力とを兼ね備えた人材の育成」

 

『倭人』といっても、自らを卑下する必要は全くないのである。

銅鏡、銅矛、銅鐸の技術をとってみても、その完成度とそこに込められた想いは、崇高で温かく美しいのである。それは、全ての人の幸せと平和を願ってつくられたからである!

『旧唐書倭国日本伝』に次のような記述が見られる。

  • 1.日本国は倭国の別種なり。
  • 2.その国日辺にあるを以て、故に日本を以て名とす。
  • 3.あるいはいう、倭国自らその名の雅ならざるを悪(にく)み、改めて日本となすと。
  • 4.あるいはいう、日本は旧(もと)小国、倭国の地を併せたりと。
大和王権は、卑弥呼の時代(都は今の福岡県にあった)の良さを踏襲しつつ、列島の支配を強め、日本という国をつくってまとめあげた。
しかし、奈良・平安時代には、身分の差だけ大きくなり、民衆は餓え、文化は貴族だけのものとなり、倭人の持っていた良さは失われていくのである。地方は無視され荒れていき、とても統一国家としての体を為していなかった。
大河ドラマ『鎌倉殿の13人』毎回見ているが、ただ権力闘争に明け暮れていたその時代の人物にしかスポットが当たっていない。
多くの民がどの様に生きて、どの様な想いを抱いていたのか、全く出てこない!
ざ・ん・ね・ん・・・
 
 
 
 
今、卑弥呼の偉大さを しみじみ想う・・・