ささのは さらさら のきばにゆれる

おほしさま きらきら きんぎんすなご

『あの青い空と海を』 外伝  今回は織り姫と牽牛郎の涙の物語。

 

 むかしむかし、天の川の東岸に織り姫が暮らしていた。
織り姫は、天の女帝・王母娘娘の外孫女。
女帝は厳しく、人間と天界人との恋情を禁じた戒律を出した。
織り姫は、朝から晩まで天の機織りを使い、天衣と呼ばれた雲錦を織っていた。
「すべては生ある人のため。織りは辛くとも、志し高し」
 ある日、姉妹たちと共に、地へ下りて遊ぼうと決めた。笑顔輝き仙女のように美しい織り姫。みなで碧蓮川の辺に降り来たりて水浴をした。
「きれいな水。心まで洗われそう」裸身にてはしゃぐ姉妹たち。
水浴をしている最中、織り姫の紫色の羽衣がなくなっていることに妹が気づいた。
「いったい、何故、わたしの羽衣が・・・」
「姉様、きっと盗まれたに違いありません」
「盗まれた・・・怪しからぬ。わたしは天界へ帰れぬではないか」
姉妹たちは織り姫を残し、天界へ帰ってしまった。
じつは、その羽衣を盗んだのは、牽牛郎という若者であった。
織り姫を見かけて一目惚れした牽牛郎は、紫色の羽衣を盗んで隠したのだった。
 人間界の青年である牽牛郎は、数頭の牛を飼って暮らしを立てていた。
その一頭が、「碧蓮川の辺に女が居ります。羽衣を隠せば、きっと良き知らせ舞い降ります」と言う。その言葉に乗せられて、牽牛郎は盗みを働いてしまったのだ。
一方、羽衣を盗まれ、地界にひとり取り残された織り姫は、しくしく泣いてばかりいた。
「ああ、御母様・・・わたしはこのまま此処で死んでしまうのでしょうか」
懺悔の念に苛まれた牽牛郎は、ふたたび碧蓮川の辺にやって来た。しくしく泣いている織り姫を見つけた。
あはれ、あの人は・・・天女に違いない 美しい、美しすぎる・・・
己は何と言う罪深きことを・・・
牽牛郎は、天女に近寄ろうとした。その時連れの牛が今度はこう言った。
「けっして羽衣を盗んだことを口外してはなりませぬ」
牽牛郎はその言葉を信じ、天女に歩み寄った。
「悲しく辛いことがあられる様子。私が支えになりましょう」
「はっ、あなたは・・・あなたは、だれ」
「決して怪しい者ではございません。私は牽牛郎と申す。あなたを見かねて、声をかけたのでございます」
「わ、わたしは、羽衣を盗まれてしまい・・・はずかしい・・・もう天界へはかえれません」
「さ、しっかりなされ。幸い私の家はこの近くに。心も体も癒やされるまで、しばらくお休みください」
牽牛郎は、機転きかせて、近くの竹藪から笹の枝を折って、天女に差し上げた。織り姫は、それで陰部を隠し、牽牛郎の言うがまま従った。
    (中略)
 

牽牛郎が田畑を耕し、織り姫は機織りをする毎日。ふたりはとても仲睦まじく幸福な暮らしを送った。そうして、ついに、牽牛郎は意を決し求婚した。
「織り姫、私と結婚してください」
「不束者ですが、よろしく御願いします」
織り姫は牽牛郎の求婚を受け入れた。それから、ふたりには子どもが産まれた。男の子と女の子の二人を育てながら、ふたりは穏やかな日常を送っていった。
 王母娘娘は、激怒した。
天界から消え失せた織り姫を探していた母は、人間の男との結婚を知って激しく怒鳴りちらした。
「直ちに天兵を遣わして、天界の戒律に反した織り姫を捕らえよ。有無を言わさず天に連れ帰れ。よいか」
「ははーっ、王母娘娘さま。かしこまりました」
命を受けた家来は、天兵を遣わして、織り姫の居所を掴み、織り姫を捕らえて天に連れ戻した。すぐに牢に入れられた。
「お、おりひめ・・・」
突然の天兵の襲来になすすべなく、牽牛郎はひとり嘆き悲しんだ。
「私は織り姫を取り戻したい。何としても・・・ だが、天に昇る術はなし・・・」
牽牛郎は、年老いた飼い牛に相談した。
「私が死んだ後、私の皮で靴を作って、その靴を履けば天界に上ることができる」
そう言い残すと、牛は、ほんとうに死んでしまった。
牽牛郎は、亡くなった牛の言うとおりにして、牛の皮で作った靴を履き、子供たちを連れて天界に上った。
「おーい、おりひめはどこにいる」
雲の上を彷徨い、牽牛郎は必死で織り姫を探した。
牽牛郎の天界到来を知った王母娘娘は、ふたたび怒った。だが、家来たちは、織り姫と牽牛郎を哀れに思い、処刑することを回避する策を考えだした。
「王母娘娘さま、御提案がございます。姿を隠した七人の天女のうち、あの男が織り姫を見事選ぶことが出来たら、年に一度会うことを許しなさいませ」
「う、ん、おぬしらが言う事なれば、仕方あるまい」
王母娘娘は、家来たちの提案を聞き入れた。捕らえられた牽牛郎と二人の子ども。
「ど、どうしてだ、私は織り姫を地界に連れて帰りたい」
牽牛郎は王母娘娘にくいさがった。
「それはならぬ。織り姫は天界の戒律に反した。本来ならば、御前も同罪。死罪は免れぬとことじゃ」
「なにを」
「もうよい。さあ、御前、手だけを見て、織り姫を選び出すのじゃ」
牽牛郎は愕然とした。抗えば、自分も妻も子どもたちも殺されてしまう・・・ 
牽牛郎たちの前に、ずらり七人の天女が障子の後ろに並んだ。
障子に備えられた手出し口から、一人ずつ女が手を差し出した。それを見て、牽牛郎は、織り姫を捜し当てねばならぬ。当たれば、年一度の面会が許されるのである。ひとり、ふたり、さんにんと、女の手を見てみるが、難しい。このままでは、当てることは出来ない・・・ 諦めがよぎった時、牽牛郎の心にあることが浮かんだ。
「織り姫の人差し指には大きなタコがある。それで、分かるはずじゃ」
七人全員の手を見終わって、牽牛郎は、決断した。
「六人目の女こそ、我が妻、織り姫なる」
「そうよ、わたしたちのお母さんは六番目の人よ」
子どもたちも賛同した。
「では、六番目の女、障子から出でよ」
王母娘娘の言葉に従って、六番目の女は牽牛郎たちの前に姿を現した。
「おお・・・」 「おかあさーん」
牽牛郎も織り姫も、すぐに抱き合った。家族の再会。涙、涙で、一面川のごとく流れ出した。
「もう二度と離すものか」
牽牛郎の言の葉は、天界に響き渡った。
残忍な王母娘娘は、頭から金簪を抜いて一振りした。すると、涙の川に大波を引き起こした。織り姫は、引き裂かれ、ペガ星に引き込まれてしまった。牽牛郎はアルタイル星に、子どもたちはデネブ星に、それぞれ、離ればなれにされた。
 それから、牽牛郎と織り姫は天の川の両岸に分け隔てられている。のちに王母娘娘によって、毎年七月七日だけカササギが橋を架けて、牽牛郎が橋を渡って織り姫に会うことが許された。儚い愛の物語・・・



遙かなる牽牛の星
白く輝く天の河の乙女
ほっそりと白い手をあげ
サッサッと 機織りの杼を操る
一日かけても苦悩は織りあがらず
涙は雨のごとく流れ落ちる
天の河は清らかでしかも輝き続く
二人の距離は いったいどれほどのものか
端麗な織り姫は一筋の河に隔てられ
言葉を交わせずじっと見つめているばかり
                                        (月令広義より 魅音再編)