ようこそ。

小説『作家と農家』は、主人公の若菜と智恵美に変化が・・・

新たなる展開にこう御期待。

 

では、宜しく御願い致します。

 

(前回の続き)

 

「あたたちは誰かい・・・  ああ、若いお嬢さんたち・・・ 」
奥の部屋から出てきた人は、初老の男性。しばらく怪訝そうにふたりを見ていた。
下着姿で、だるそうな様子・・・
「あのー、不思議なお婆さんに連れられて、ここまで来たのですが・・・ 」
智恵美が、おじさんに向けて切り出した。
「よか、よか。さあ、御茶でも入れるから、上がんなっせ」
「はい? 」
「じゃあ、遠慮無く上がらせてもらいます」
土間から高い縁側を上がれば、古い畳敷きの部屋があった。卓袱台に小さなテレビがある部屋で、おじさんは御茶を出してくれた。
「すみません、おじさん、突然舞い込んできて・・・ 」
「いいんだよ。ひとりは寂しいから、話し相手が居てくれると助かる。私は、木村といいます」
「初めまして。私は、若菜と申します」 「私は、智恵美です。宜しく御願いします」
「もうじき、暗くなる。山路は危なか。泊まっていきなっせ」
「あ、はい、いいえ・・・ 木村さんに悪いですから・・・ 」
「遠慮はいらん。じつは、わしにも、ひとり、娘がおったんじゃが・・・ 」
「亡くなられたとか・・・ 」
「いいや・・・ わしが悪かったと・・・  喰わせきらんやった・・・  別れた・・・」
「あ、あ・・・ 」
「辛い事がおありだったのですね・・・  」
しばらく間があって、おじさんは、若菜と智恵美に苦労談を語られた。
「わしは、農業ひと筋で来たとばってん、水害で作物を駄目にしてしもうたり、収穫間近のものを盗まれたり・・・  駄目なおやじやった・・・ 間が悪かといえばそうだが、ずんだれは、何をやっても駄目だ。それでも、わしは、朝は早く起きて、田畑を見廻り、夏は暑さにまけず、頑張ってきた。機械化を進めてきたばってん、借金がかさんで・・・ 体力には自信があったとばってん、病気になってしもうて・・・ わしは、この二、三年、自然とじっくり向き合うことが出来て、やっぱ人間は自然の一部だとしみじみ思うちょる。自然は良かし、自然には勝てん。ちょっと人間が横着になってしもうて、温暖化ていう猛威で仕返しばしよるとたい。あの大地震から五年。そんなことば考える日々・・・  」
「苦労なされて、なおいろいろと考えておられる・・・  」
「私たち、農大で学んでいる学生ですが、農業の苦労や大変なことは、分かっているつもりでいました。ですが、おじさんの気持ちを思うと、すみません・・・  」
「あんたが誤ることではない。ごめん、夢と希望のある若いおふたりに、わしのつまらぬ人生など語って・・・  ばってん、農大生だから言うけど、これからの農業は、自然と人間の知恵との融合で、進めていかなんと・・・  」
「私たち、明治時代の夏目漱石先生に会いまして・・・  文明開化の世に苦しんでおられる先生の姿が・・・  忘れられません。人間はやはり、自然に帰るべきかと・・・  」
「漱石先生? ああ、分かる気がする。学のあられる方がそうであるならば、なおのこと、文明社会とは付き合えない人間も居るのじゃよ。わしは、その代表者」
「ですが、今や、5Gの時代で、再生可能エネルギーの時代ですから、農業も、もっと革新的な技術で発展してゆくのではないでしょうか」
「そうだ。だから、おふたりには、新たな農業を目指して欲しい。自然と向き合い、自然を生かして、無駄と無理のない生産性の高い農業を・・・  」
その言葉を聞いて、若菜と智恵美は、農業を志す決意をおじさんに告げた。
「はい。じつは、私、農業をばかにしていました・・・  ですが、今は農業一筋に頑張ろうと思えるようになりまして・・・  」
「私も同じです。農業が人間を強く優しくするのだと思えてきました。きつく辛いこともあるけれど、働く喜びのある農業。農業に人生をかけてみようかと・・・  」
「おお、うれしい。若い女性で農業に意欲を持っておられる人に出会ったのは、初めてじゃ。ああ、人間捨てたもんじゃない」
「ただ、ひとつ、悩みがあります。実家の天草に帰れば、土地も機械もあります。ですが、私たち、ここで農業を始めたいと思っていまして・・・ 金峰山の麓に田畑があれば、ふたりで農業をやってみようと話していたところでした・・・ 」
「おお、そうか・・・  もし良ければ、わしの持っている田畑や機械を譲ってもいいんじゃが・・・  」
「ええっ、木村さん、ほんとうですか」
「ああ。おふたりが良ければ、譲りたい。もう、わしは、永くないので・・・  」
「良かった。農業頑張りますので」 「嬉しいです」
「では、大学が休みの時にまたいらっしゃい。いろいろと説明するので」
「では、事前に電話して、伺いたいと思います」
 若菜と智恵美は、その晩を木村さんにお世話になった。質素な食事をいただき、布団を敷いて眠らせて貰った。翌日、しかし、木村さんは布団に入られたまま・・・ 
「あの・・・ 木村さん、御体が悪いと・・・ 」
智恵美がおそれながら訊いてみた。
「うん・・・ まだ老け込む歳ではないが、癌でな」
「あ、え、癌ですか・・・ 」
「余命半年と宣告されている。胃がんが脳にまで転移して・・・ 」
「それは・・・ そんな・・・ 」
「だから、田畑を引き継いでくれるとふたりが言ってくれて、有り難く思っていたのじゃよ。ああ、こうしてはおれない・・・ 」
木村さんは、起き上がられて、朝食の準備をして下さった。
「ほんとうに、何もかもお世話になってしまって・・・ ありがとうございました」
ふたりが御礼を言い、帰ろうとすると、
「あんた・・・ 智恵美さん・・・ 」
「はい、あ、智恵美です」
「智恵美さんは、生まれはどちらかね・・・ 」
「私は、植木の出身です」
「ああ、植木・・・ 」
「植木町です。どうかしましたか、木村さん・・・ 」
「いや、じゃ、今度会える日を楽しみにしとるけん」
「はい。私たちもまた会える日を楽しみにしています・・・ 」
別れは、辛い。いつも寂しい思いをする。
Wの悲劇の解消などと浮かれていたふたり・・・  もう、大人への脱皮を果たさねば・・・  木村さんを想い、心配する心・・・  ふたりのアパートまでは、親友の梨央が車で送ってくれた。
「出逢って分かる、人の良さ。ねえ、智恵美」
「うん。不思議なんだけど、ふいに訪れた漱石先生との出逢い。そして、木村さんとの出逢い・・・ 若菜、これにはきっと、大切な意味があると思うんだ・・・ 」
「離ればなれになればなるほど、ひとへの想いは強くなる・・・ 逢いたいと心は叫ぶ」
「寂しがっている心は、出逢いを求めて彷徨うのかな・・・ そう思う自分も寂しがりや・・・ 隔てられてしまう恐怖・・・ それを、漱石先生も、木村さんも感じていた・・・ 」
「おふたりさん、ちょっとキザではございませぬか・・・ 」
と梨央は笑うが、ふたりはなお出逢いの不思議さにとまどい、運命の余韻に浸っていた。

 大学に行けば、ふたたび、アグリとプラクティスの時間。
 今回は、三つの農業実習。若菜と智恵美のゼミの一行は、山都町へと向かった。まずは、ブルーベリーの木の選定・摘心や受粉の作業について。訪れた果樹園は、燦々と陽光降り注ぐ山肌に広がっていた。緒方さんという方にレクチューを。
「ブルーベリーは低木で、育てやすい果樹です。虫がつきにくく、無農薬でも育てられます。ひとつポイントを言えば、たくさん収穫したいのならば、同一系統の二品種を植えるとよいでしょう」
若菜と智恵美は、そっとブルーベリーの木々に近づいた。鮮やかな紫色の実がなっていた。みずみずしさが吹き出し、やわらかき一粒ひとつぶの触感に惹き寄せられる。実は、軽めの力ですうっと枝から離れる。完熟ブルーベリーは、この時を待っていたのだ。
「ブルーベリーの栽培には、水はけの良い土壌が適しています。ブルーベリーは乾燥を嫌うので、水やりは、こまめに行うと良いでしょう。植え付けは、三月、初春。根元をピートモスで包んでから植え付けます。酸性の土壌を好むので、肥料は、ブルーベリー用肥料を専門店に相談して下さい」
「ああ、紫色の実が美味しそう。のどが乾いてるので」
男の学生優樹は、我慢できずに、手のひらの実をガブリ。
「う~ん、きいた! 目がらんらんとなった!」
「あはははっ。せっかちな人」
「あははは。ブルーベリーは、実だけでなく、花も綺麗ですよ。四月ごろ、釣鐘状の花を咲かせます。ピンクがかった白い花は、心を和ませてくれます」
「わあー、見てみたい」 「うーん、癒やされそう」
「よかったです。学生の皆さんが喜んでくれて。みなさん、近い将来、ブルーベリーの栽培に、是非取り組んでみて下さい」
「はい、宮本さん。かわいい花を咲かせ実を付けるまで、頑張ってみます」
「宮本さん、本日は、お忙しいところを、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
 次なる実習は、巨峰の育て方。益城町の果樹農園を営む山下さんという方を訪れたゼミの面々。
「本日は、お世話になります。ぶどうの王様、巨峰の育て方を習いに参りました。よろしく御願いします」
「では、さっそく。ここに巨峰の苗木を用意しました。五十センチほど穴を掘って下さい。はい、次は、堆肥と、石灰、有機肥料を混ぜた土を・・・ 最後は、支柱を立てて・・・ 」
「巨峰の剪定は、慣れてくると簡単ですが、それまでは、葉や枝が伸びすぎないようにこまめに切ってゆくことが大切です。ぶどうは、勢いよく育ちますので・・・ 」
ひととおりのレクチャーがすむと、山下さんは、果樹園へ案内された。フェンスに囲まれたぶどう園の見事な枝ぶり。葉々のみどりに近づくと、小さな粒が実ってる。みんなで協力して、ひとつ一つ大切に袋をかける。日光が当たると、袋の中が透けて見える。ああ、美しい。若菜と智恵美は、ここまで果樹を育ててこられた山下さんの労苦に思いを馳せた。地道に手間ひま掛けることが、愛情であり、豊かに実らせることにつながる。ふたりは、改めて、育てることのすばらしさを学んだ。
 次の実習のため、小川町の農家へと向かった。ベテラン農家の横田さんが、野菜を育てる基本、収穫・出荷の実際、観光農園経営のノウハウ、ネットを利用した消費者と繋がる農業について、具体的なことを教えてくださった。そのあと、畑地にて、ある熊本名産の作物を紹介された。
「みなさん、見て下さい。これ何だか分かりますか」
笹の葉に似ている、シュッとした勢い・・・ ゼミのみんなが首をかしげている。
「これは、ショウガなんです」
「あっ、ショウガですか、これが・・・ 」
「はい。もう収穫出来るところまで育ってきています。一つ抜いてみますね・・・ よいしょ。ほうら、ショウガですよ」
「うわおっ、ショウガのいい香り」 「ほんと、葉も茎もげんきー」
「ショウガは、春になって、種生姜を植えるんです。夏になれば、葉ショウガを楽しみ、秋が深まる頃には、爽やかな香りの新ショウガを収穫できます。病害虫が少なく育てやすい野菜です」
「すみません、ショウガを育てる際に、気をつけておられることは何ですか」
若菜が横田さんに質問した。
「とにかくショウガは乾燥を嫌います。早く萌芽させたい場合は、黒マルチを敷いて地温を上げ、芽が出たらマルチに穴をあけて芽を外に出してやりましょう。そして、夏は株元に稲ワラや刈草を敷いてやります。また、適度な日陰を作ってやることが大切です。黒いネットを上から覆って、直射日光から守りましょう」
「ありがとうございました。もう一つ質問ですが、熊本県は、ショウガの生産量は多いのですか」
「はい。全国で二位か三位ぐらいですよ。県内では、とくに県央地域が、ショウガの生産が盛んです。私がショウガをやろうと思ったわけは、みそ漬けショウガ、しそ漬けショウガ、ショウガ飴、ショウガせんべいなどの加工品として、販売しようと思ったからです」
「なるほど、ショウガの加工品ですか。今度買って食べてみたいと思います」
「ああ、ジンジャーエールが飲みたくなった・・・ 」
智恵美の一言に、横田さんがクスッと笑われた。
「はい、学生の皆さんのために、特別用意致しました」
横田さん夫婦は、智恵美たちのために、わざわざジンジャーエールとショウガせんべいを用意してくださっていた。
「ありがとうございます」 「いただきまーす」
美味しさが身に染みる。育てた作物が、人間の舌と喉を潤してくれることの幸せをつくづく感じる智恵美。「ここまでして下さって・・・ 」 智恵美は感謝の言葉をかけた。
「では、次の場所に移動しましょう」
学生たちは、横田さんの後をついて、次の畑へと向かった。
「さあ、ここです。見てください」
「わあーっ。大きな葉」
「これは、薬味に使う野菜です。皆さん、何か分かりますか」
「あっ、分かりました。ミョウガですね。ウチの近くの農家が育てています」
ゼミ一の秀才・智宏が答えた。
「正解。ミョウガは、湿った土を好みます。地下茎を張って生育する茗荷茸です」
「ショウガのあとは、ミョウガですか。畑で育っているミョウガは、初めて見ます」
「爽やかー。いい香り。大学の農地で作ってみたい」
「家で使うミョウガより、香りが強いですね」
みんな口々に感想を言う。料理では脇役のショウガやミョウガであるが、いろいろと奥深いことが分かった。そうして、ミョウガの収穫をみんなで手伝った。大きくて香りのいいミョウガがたくさん採れた。学びの収穫も大きく、若菜も智恵美も大満足だった。
「御苦労様でした。皆さんのような若者が農業を志されることに感謝です」
横田さんは、笑顔で、学生たちにしめくくりの言葉を贈られた。
「せっかく育てた野菜や果物が、水害や台風の被害で駄目になり、困り果てた農家の報道をテレビなどで見たことあるでしょう。それでも、被害を乗り越えて頑張っておる農家さんはたくさん居られます。農地を改善し、施設を造り直し、品種改良した作物を植えて、一からやり直す。それは、気の遠くなるような作業です。農家は、やる気、元気、根気をモットーに頑張っています。若い皆さん方も、様々な困難が待っていると思いますが、頑張ってください」
「横田さんに、感謝です。本当にたくさん学ぶことがありました。本日は、お忙しい中、ありがとうございました」
実習は、すがすがしい汗とともに終わった。ゼミのみんなは、大学に帰って、それぞれに学んだことを出し合いながら、己が目指す農業像を明らかにしていった。

 あれから三週間。再び木村さん宅を訪れる日。ふたり共同出資で買った軽自動車は、ご機嫌な様子で、すいすい走る。車窓から、ディスカウントショップ、パチンコ店、ホテル、居酒屋、公共施設の建ち並び・・・ 横目で見ながら、ふたりは、卒業後の農業経営について語り合った。やがて、『夏目漱石の旧家』の標識が見えた。上熊本駅の近く。
「ああ、此処が漱石先生のお住まいだった家か・・・ また、会いたいなあ・・・ 」
若菜が思わず漏らすと、運転中の智恵美もクスッと笑って、
「ほんとうに会いたい。また、先生の話を聞きたい」と言った。
「時代とか、世代は違っていても、同じ熊本に住む者として、心と心は繋がっている。あの事件で、そう思った」
「熊本の空気と水はおいしいと、漱石先生も仰っていた。明治と令和。時代は違えども、空気と水は変わらず、美しい。熊本の自慢だ」
「ああ。違いと言えば、漱石先生は、偉い作家さん。うちらは、どうなるかワカラン農家に・・・ 」
「まっ、そういうこと。でも、意気込みだけは、負けてないと思う・・・ 」
「ところで、智恵美、木村さんの体調気になるね。癌の治療受けてらっしゃるのかしら」
「うん・・・ 必要な治療を受けておられるとは思う。 でも、永くないと仰っていたことは、引っ掛かる。死を意識されているのかなあと・・・ 」
「智恵美、あまり癌のことには触れず、希望が持てるような言葉を掛けてあげよう」
「分かった。そうしよう。気分が盛り上がるように・・・ 」
メイン道路から金峰山方面へと車が入れば、もう、景色は、青と緑で埋め尽くされる。木々の茂りと岩石が織りなす湧水群。鳴岩・成道寺・お手水。清らな水をひと口いただくと、ほおっとする。
 木村さんの家に着くと、さっそく、田畑を見せていただいた。
「こんにちは。今日は、よろしく御願いします」
「わしが作っていた田畑は、あわせて三反ほどはある。それを草ぼうぼうにさせてしもうて・・・ 」
「わーっ、広いですね。これを全部木村さんが・・・ 」
「元気な頃は、トマト、きゅうり、なす、レタス、白菜、葱など作っていた。体調を崩してからは、全部やめてしまった。情けない・・・  おふたりには、まず、土壌改良からやって欲しい」
「分かりました。その点は、農大でばっちり学んでますので、任せておいてください」
「こっち見て。ニワトリ小屋だよ。今、唯一これだけはやっている。この鶏の肉や卵は良質だ。糞は、堆肥にもなるから、ぜひ使って」
「ありがとうございます。有効に活用させていただきます」
「木村さん、数えたら、三十羽いました。すごいですね」
「正解。三十羽。では、田圃に行ってみようか」
「はい。綺麗な水が・・・  用水路ですね」
「わーっ、田圃もひろーい!」
「井手も畦もしっかりしとろう。熊本地震のあと、わしひとりで、造り直したとたい。田圃は、まだ使えるよ」
「すごーい、ほんとうに、すごーい」
「残念なこつは、稲のみどりが一本もなかていうことたい。だけん、あたたちがこの田圃ば、一面鮮やかなみどりにしてくれんね」
「はい。頑張ります、木村さん」
「ありがとうございます。こんなに広い田圃と畑を譲って下さるなんて・・・  」
「馬刺しば食べていかんね。美味しか店から特別に取り寄せたつたい。うまかよー」
木村さんの畑と田圃を見終わったあと、ふたりは部屋へ案内されて、馬刺しや水炊きや寿司など、豪勢な食事を頂くこととなった。
「木村さん、すいません、こんなにして頂いて・・・ 」と若菜。
「私たち、貧乏学生だから、木村さんに何もしてあげられなくて・・・ すみません」と智恵美。
「なーん、こぎゃん汚か家に来て貰うただけで、うれしかつよ。両手に花で・・・ 幸せもん」
「はははっ、笑顔がステキー、木村さん」
「わはっ、ホント、かわいい・・・ 」
「そぎゃん褒めなすな。照れる・・・  恥ずかしか・・・ 」
「木村さん、お酒の方は・・・ 」
「ちょっと前は、酒飲みやったとばってん、胃がんになってからは、飲まれん。それも、寂しか・・・ 自業自得ばってんが・・・ 」
「ああ、すみません、お辛いことを思い出させてしまって・・・ 」
「食べんね、全部食べていきなっせ」
「あ、はい。遠慮なく、いただきまーす」
ぱくぱくぱくり。「美味しいです、この馬刺し」笑顔を見せると、木村さんも笑顔に。
「良かった。御二人が、うまそうに食べてくれて、嬉しかよ」
「水炊きは、久しぶりに食べます。ああ、なつかしい味」
「そうだろ。わしが朝早くから作ったんじゃ」
「美味しい、美味しい、何だか木村さんの味がします」
「わっはははっ、おじさんの味だろ」
「そうです、えへへ、わははは」
 若菜と智恵美は、自分たちがやりたい農業について、思っていることを木村さんにぶつけてみた。若者による協同作業、ネット販売、里山と一体になる農業。木村さんは、ふたりの意見に同調されながらも、独自の意見を返された。貴重な体験談に、耳を傾けるふたり。
 夕方になった。帰る時刻。ふたりは、木村さんに御礼を言った。
「そう畏まらなくてもよかばい。わしの話を聞いてくれただけで、気持ちが楽になった」
「良かった。木村さん、また来ていいですか」
「ほんと、木村さん、また伺いますから、御元気で」
「うん、楽しみにしとるけん。約束ばい」
「じゃあ、指切り」 「再会の約束。指切りしましょ」
「ああ・・・ 指切りげんまん。また来て下さいよ」
「指切った・・・ じゃあ、来週の土曜日、また伺います・・・ 」
ふたりが、そう言うと、木村さんは、涙をぼろぼろこぼされた。そうして、おいおい泣かれた。ふたりもつられて、おいおい泣き出した。