【 その前に・・・ 】

またも大雨。人吉など被災地の復旧が遅れてしまいました。

水の恐ろしさ、土石流の恐ろしさ・・・

線状降水帯の長時間によるどしゃぶり・・・その要因は地球温暖化。

その対策を、自分も出来るところで取り組みたいと思うこの頃です。

熊本は、四年前の大地震から、やっと立ち上がってきたばかりでした。

コロナウイルスなどの感染症、自然災害、人類はいつの世もこれとの戦いです。

しかし、対策によって回避できるのならば、それぞれが出来る事をやって、

少しでも被害を少なくしてゆきたいものです。

今回の集中豪雨で、被災された人々のこれからの生活不安、

コロナ陽性反応で、治療にあたっておられる方々の不安、

その気持ちに寄り添いながら・・・

 

小説『ジャンク・ユートピア熊本』 第一回の掲載です。

主人公は、若菜と智恵美、二人の農大生です。

この二人が、タイムスリップにより、巻き起こす事件。

面白い作品となっておりますので、時間の許す方は、お読み下さい。

では、始めます。

 

 お揃いの黄色い花柄のワンピース。可憐な二人の笑顔が眩しい。ホテルの真っ白いホールにひときわ輝きを放っている。彼女らの旁らのテーブルには、大きめの花瓶にハナミズキの花が生けてある。はなびらの瑞々しさに負けてない二人の素肌、賑やかな笑い声。新鮮な感覚、意外な話題性に惹かれたのだろう、初老の教授らが近寄って来て、くだらぬことを彼女たちに伝える。その時、お決まりの乾杯の御発声が、四年次の幹事であるイケメンから発せられた。
「皆様方のご健康と農業のますますの発展を祈念して、かんぱーい」
三月吉日。農大の送別会が開催された。キャンパスを去りゆく先輩方。涙を流して見送る後輩たち。共に学んだ日々が、回想される。御世話になった教授の挨拶終了後、全員起立の上、麦酒をなみなみと注いだグラスを合わせる。カチーン。卒業生の門出を祝福して「おめでとうございます」が繰り広げられた。待ったなし、主菜たるポテトフライと枝豆をつまみに飲みまくる面々。酔いが回ると、あとは無礼講。飲酒できる喜び、これ即ちひとときの開放感。慶事にかこつけ杯を傾け合い、酔いの勢いを利用して普段言えないことも言ってしまう。将来の我が国の農業発展に意欲を燃やす若者たちが、教授・助教を捕まえて説教を垂れている。誠に蒸留酒や醸造酒の力は偉大である。さらに、若菜と智恵美には、今宵に賭ける想いがあったのだ。
彼を私にのめりこませてみたい・・・きっとこの愛は叶うだろう、今夜こそ・・・
夢見てきたチャンスが今宵だと、二人は作戦を練ってきたのだ。その前に、ちょっとイッパイ。
「美味しい日本酒在りませんか」
智恵美がカウンターに伺うと、
「御座いますよ。本日は『花の香』『千代の園』『亀萬』『れいざん』が入っております。どれになさいますか」
智恵美は少し迷ったが、
「これ、ください」と指をさし注文した。智恵美は、通を気どって、箱酒にして貰った。負けじと若菜は、焼酎をたしなむ。本日は三酒制覇と意気込み、麦焼酎から、米焼酎、そして、芋焼酎と御湯割りで頂いた。さらに調子に乗って球磨焼酎の古酒を注文する。卒業する先輩や同輩との会話も弾み、宴もたけなわの時分。若さのエネルギーがはじける。
 と此処までは良かったのだが・・・智恵美の告白が・・・あられもない玉砕!開会の乾杯の音頭を取ったイケメンに告白したは良いが、あっさりふられた智恵美。泣いて泣いて、散散飲んで酔い潰れ、床に転がる智恵美。
「あの野郎、馬鹿野郎・・・ こら、おい、私をフルなんて、百年早いんだよ・・・」
ひきつる顔で見守る参加者たち・・・凍てつく送別会場・・・酔いは、たちまち覚めてしまった。若菜は智恵美を抱いて祝宴場の外の廊下に出た。
「農大ってダサいオトコばかりね・・・」
若菜に向かってくだを巻く智恵美。傷心は破れかぶれを産み出し、破天荒は手足のばたばたを産み出し、胃の中のアルコールは嘔吐を産む。介抱に尽力する若菜の横を、お目当ての陽太が通りかかる。しかし、陽太は、興味ない、関わりたくないという顔をして、トイレに入ってしまった。若菜は嫌な予感はしていたが、案の状の展開に困惑を隠しきれない。
嗚呼、ついてない。せっかくのチャンスが・・・
若菜はすぐに悟った。陽太の表情からして、本日の告白は、インパール作戦のごとく無謀な行為であると。またいつかチャンスを掴もう・・・失意の若菜の気持ちを知らない智恵美は、なお、くだを巻き、ゲロを吐き、泣き叫ぶ。
「ほら、智恵美、しっかりして」
若菜は仕方なく智恵美と帰ることにした。智恵美を引きずりながら通りをゆく。介抱に手を焼く。よろよろと千鳥足になりながら、大通りを抜けた辺りで、若菜は生活費をごっそり入れた財布が見当たらないことに気がついた。
「しまった。何処で落としたのか・・・いやスラれた可能性もある」
重たい智恵美の身体を引きずりながら、顔をひきつらせ、来た道を辿り、必死に財布を探して廻った。だが、夜道で路地裏は暗いし、明るい繁華街の通りは滅法人が多い。めぼしい処を探したが、ついに財布はなかった。若菜は、最悪の気分だった。酔っぱらいの智恵美をタクシーに乗せ、運転手さんに頼んだ。そうして、自分は交番に行き、お巡りさんに財布がないことを通報した。
「あーあ、財布が交番に届けられるのを期待するしかないわ。まったく、一難去ってまた一難、泣きっ面にスズメバチだわ」
 翌日の夕方、若菜は、昨日の交番に行ってみた。だが、現時点では、若菜の財布は届けられていないとのこと。「遺失物届けを出して下さい」とお巡りさんの御言葉。ペンを取り、書類を書いていると、交番の窓越しに、汚らしい格好のおじさんが若菜のことをじろじろ見ている。ぱっと見、助平そうで気持ちが悪い。
あの男、不審者、否、痴漢かも知れない。ああ、もう嫌だ。無視・無視・無視・・・
若菜は痴漢から目をそらし、必要事項を用紙に記入して、お巡りさんに出そうとした。
「おい、若菜」
助平な男の声が間近でする。痴漢であるはずのおじさんの顔が目の前に・・・
「えっ、お父さん。どうして此処に?」
若菜はびっくり仰天して声を出した。瞬間、悪い方悪い方へ物事を考えてしまう己の癖を反省した。
「お前、財布落としたってメールを寄越しただろ。心配して天草から飛んで来たんだ。アパートに行っても居ないから、GPS機能で此処だと分かったんだ」
お父さんは、優しげな顔をして説明してくれる。温情、愛情、人情。娘にとって父親とは、かけがえのない存在である。
「では、届けがありましたら、すぐにご連絡します」
そうお巡りさんが言われて、若菜はお父さんと交番を後にした。
「お父さん、ごめんなさい。仕送りして貰った六万円、落としてしまって・・・ポッケに何気なく入れていたばかりに・・・」
「ああ、仕方のないことだよ。多分、財布は戻って来ないだろう。お金はお父さんが何とかするから、元気を出せ」
「ありがとう・・・本当にごめんなさい。これからは気をつけます」
若菜は恐縮して父にあやまった。父が帰った次の日、若菜は、智恵美のアパートに怒りを持参した。悲惨な我が身の顛末を智恵美に認識させてやろうと、鬼の形相で乗り込んだ。
「ちょっとあんた、二日酔いが治ったって喜んでいるけど、あんたを介抱するのにどれだけ苦労したか・・・おまけに私は、陽太に告白し損ねたんだからね」
「えへへへへ」
「何がえへへよ。挙げ句の果てには、生活費の入った財布を無くしてしまったんだからな。どう落とし前を付けるつもり」
「まあ、怒りなさんな。こうなったら苦肉の策よ。一緒に此処で住まない?今月の食費は私が出すからさ」
智恵美はにっこり笑顔で返した。
「何が苦肉の策よ。あんたが酔って吐くし、陽太には無視されるし、大事な財布はなくすし、あたしはもう踏んだり蹴ったりだったんだから・・・もお」
「ごめん。でも、私だって、大紀にフラれて辛かったんだもん。だからもうあの日のことは忘れよう。忘れるために少し旅をしよう。お金のかからない旅を・・・」
「お金のかからない旅・・・ははーい、分かりました。金峰山に行きたいのね」
「そう、山に登れば、失恋の辛さも財布をなくしたイライラも吹き飛ぶよー」
若菜は、親友をこれ以上責める訳にも行かず、一緒に住もうという智恵美の提案を受け容れ、ばたばたと引っ越しを始めた。引っ越しは、学部の友人らが来てくれて、すぐに終わった。お互いの生活スペースが決まり、狭い部屋に何とか若菜の生活用具が収まって、落ち着きを取り戻した。若菜はこれまで独り暮らしをやって来て、寂しさに苛まれ、生活が不規則になりがちだったことを振り返った。反対に、共同生活は、張り合いが生まれる。何だかんだいっても、智恵美は自分の最高の理解者である。家賃や光熱費等が折半でき、炊事洗濯掃除を分担すれば、かなり生活が楽になるだろう。