(いよいよこの物語の最終回の掲載となります。

  私がこの物語で読者の皆様に伝えたいことが、ぎゅっと詰まっています。

  感動のラストシーン、どうか、しかとお読み下さい)

 

「そろそろ、作業を再開しましょう」

彼がみんなに告げた。立ち上がり、もう少し奥に入っていく。

またもや大きなごつごつ石が通路をふさいでいた。

全員協力して、大きな石を動かす。シャベルで、ツルハシで、てこで。

ふさがっている石を取り除くと、奥の空間が開けて見えてきた。
「よし、これで遺骨収集が出来る!」

みんなの顔が輝いた。二班のメンバーは、用意してきた一輪車や布製バケツで重たい土石を搬出していく。土石の中に御遺骨や遺品が含まれているかもしれない。慎重に作業を進める。
「良かった、塞がっていた土石を取り除くことが出来ました。さあ、遺骨や遺品を発掘しましょう。細心の注意を払って探してください」
彼がみんなに告げると、三班のメンバーhの準備していた道具を使って、みんなで御遺骨を探す作業に入った。お互いの距離を少しずつあけて探し始めた。
「人骨だ。白っぽく生々しい。足の骨だろうか」
さっそく人骨が見つかったと、一班の首里在住のメンバーが知らせる。

「おお、間違いない」 皆が注目する。
「見つかった所をもっと掘って調べてみよう」と二、三人で掘ってゆくと、陶器製の手りゅう弾が固まっていた。そして、眼鏡や懐中時計が次々に姿を現した。
「この骨は、断面が、すぱっと切れている。治療のために切断したのか・・・」
「これは、注射器、はさみ、メスのような物・・・」
「薬の瓶か、これは・・・体温計も」
「眼鏡や懐中時計は日本兵の物だ。ほら、名前が書いてある。鈴木・・・県外から来た兵士の物に間違いない。遺族が見つかればいいが・・・」
「このガマは日本軍の隠れ家・医務所として使っていたのだろう。そうか、こんなジャングルの奥のガマに潜んで治療を受けていた。ああ・・・必死だった様子が伝わってくる」
参加者のみんなが見つけた遺骨や遺品に声をかける。なお近くを探索する。すると、人骨が次々に見つかった。

「このガマの中でも、伝えられていない悲劇があったのか・・・」

「どんな気持ちで、どの様な行動がとられたのだろう・・・」
 彼はなお奥へと歩き、作業をされる様子。私は、一緒に進んで行った。
「たくさんの御遺骨が見つかって良かったですね」
「はい、持ち帰って、金城さんに見て貰って今後の対応を考えます。遺族に返せる物や御遺骨が一つでもあれば良いのですが」
「そうですね、それが一番の問題です。おじいの作る《沖縄戦記念館》にたくさんの人が訪れるようになれば、御遺族の方が見つかるかも知れません」
「ええ・・・さあ、もうひと踏ん張り探しましょう・・・」
私は、頷いて、土石のたまっている場所を掘り始めた。

その時だった。

突然、地響きとともに、聞き慣れない音がした。私の居る頭上から・・・
ゴロゴロゴロゴロ ガタガタ ババババーン 
「きゃあー」
「あぶない、ふせろー」
大音響と共に、突然、巨石が頭上に落ちてきた。私は、思わず地面に倒れ込み、伏せた。
同時に、誰かが私の体に覆い被さるのを感じた。

 

 目が開いた。真っ白な天井が見える。ここはどこで何時なのか、頭の中も真っ白だ。
私は、少し身体を動かして窮屈だが起き上がってみた。
「ここはベッドの中で、私は病院にいるのか・・・」
どうやら今まで病室で眠っていたらしい。
「どうしたのだろう・・・」
「あっ、そうか・・・私、あのガマの中で、落盤で、気を失ったのだな・・・」
見ると、左手と右足にはかなりの包帯が巻かれている。どうやら、骨折しているみたいだ。
あの後、おそらく、気絶していたのだろう。
「わっ・・・ 洋一さんは・・・ わああ、洋一さんはどうなった・・・」
「どうなったか。洋一さんは・・・うわーっ」
思わず大声を張り上げた。大変な事に・・・心が爆発した。
「落石の時、確かに洋一さんが私のそばに居たはず・・・」
病院中に私の呻き声が響いた。すぐに、ばたばたと病室に人が入ってきた。
「お連れの男性の方は、夕べ亡くなられました。全身骨折で・・・」
「精一杯手を尽くしましたが、残念です」
白衣を着た医師と看護師さん。発せられた言葉が宙に浮き、私の頭上をぐるぐると舞いながら回転している。私は、別世界に隔離されているのだろう・・・
「うそ。うそ・・・今なんて・・・死んだ?亡くなったって聞こえたけど・・・」
「お気の毒ですが・・・」
「ご愁傷様です。先ほど、家族の方々が、引き取っていかれました」
私は、自分の上に覆い被さって、命を助けてくれた人が、洋一さんだという事実を、看護師さんから知らされた。
「命を投げ出し 私を助けてくれたんだ・・・」
「あああ 私は 何てことを・・・」


 私は、喜屋武岬に来ていた。
静かだ。誰も居ない。全身の力が抜け、ただ何かを掴みたい気持ちが湧き起こってくる。
見下ろすと、断崖絶壁が切り立ち、静寂の中に荒波が・・・
寄せては返す寄せては返すを繰り返している。私の心を代弁するかのように・・・
ザバーン、ザバーン・・・ ザバーン、ザバーン・・・
叩きつける怒波は、ひとつになる日は来ないと証言する。
正しさはいつもなおざりで、虚しさはいつも良い人が背負わされる。
ああ、彼も今きっと運命の悪戯に心を痛めていることだろう。
ああ・・・ 行きたいよ、彼のところへ・・・
大丈夫ですか、怪我はありませんか。
彼が私に言ってくれた言葉を胸に、潮流に目をやる。
そうか、そちらが東シナ海、あちらが太平洋なんだ・・・
そうか、この海は、隔たりや境目などは一切無しで、たったひとつの地球を循環してきている。そうか、この波は、遙か彼方のあの国から伝わって来ているのだ。
そう気がついても、何も変わらない。変わらないどころか、戦争の準備が着々と・・・
変わって欲しいさ。過去を生かし、未来へ繋ぐために・・・
あの日、戦火を逃れ、南へ向かい、ようやく辿り着いた場所は、高すぎるこの断崖だった。
もう一回、太陽の下を大手を振って歩いてから、死にたいさ・・・
そう言い合って、自ら命を絶つために、この断崖から飛び降りた人々の無念の声が響き渡る。
もう一回、家族の笑い声を聞きながら食事をして死にたいさ・・・
そう言って死んでいったおばあの素直な言葉が、青空の向こうに響き渡る。
その声を穏やかに包み込む海と空。
ささやかな喜びも僅かな楽しみも、幼い希望も偉大なる夢も、あの瞬間に消えてしまったのだ。あの時、誰も考えてなかっただろうね。人と人とのつながりなんて。分かり合い思いやるなんて。それより憎しみが先立ってしまった。そして[生きて虜囚の辱めを受けず]を信じて、死ぬことを美徳として散って逝ってしまった。どうして誰も抵抗しなかったのだろうか・・・
変わって欲しいといくら懇願しても、時間を巻き戻すことはできない。時間は一方通行。一つしかない命も一方通行。あっけなく、儚な過ぎるさ。まさか彼の死がこんなに簡単に・・・どうして、ねえ、どうして・・・世の中には、難しいことはいっぱいある。それは、分かってる。でも、かけがえのない一つしかないものが、すぐになくなることが理解できない。こんなに空しくて受け入れ難いことは、他にはないさ。返して。帰ってきて。返して。帰ってきて。私の大切なあの人は、何処へいったの。これから愛したいというのに、何処に連れ去ったの・・・若者の死の辛さ、残された人の悲しみを真剣に考えていた彼。その命を奪うなんて、酷いよ、酷すぎるよ。
潮風に訊いても、荒波に訊いても、何も答えてはくれない。
それならば、お願い、久高の神さま。久高の神さまならば、私の願いを受け止めて叶えてくれずはず。かれをかえして。無茶は言ってないよ。分かっているけど、言いたくなるさ。
一体、何人死んだら、何人の命を奪ったら、気が済むの。もう十分じゃないか。この心の叫びは、私だけではないはず。いろんな国や場所で、世界中の人々が、この想いを叫び続けているのだ。それでもなかなか人間は変わらない。見たことのない爆発と激しい炎と狂いそうな憎しみが、まだまだ噴出しているんだ。そして、尊い命がこの瞬間にも失われている。それでも、今この時だけは、それらの悲しさをこの荒波が叩きつけ、広大な海が鎮めて消してくれる。どこまでも広がっているこの海だけは、汚れなくいつまでも変わらないで欲しい。かけがえのない命をずっと見守るために。そして愚かで傲慢な人間の行為を戒めるために・・・
「しっかりしろよ。人間たち」
そう岩に砕け散る荒波は、激しく訴えかけてくる。
きらきらと眩しい光の中を、突き抜ける未来への誓いが見え始めていた。 
逞しく明るい緑の木々に変わり、輝きを増した陽光はごつごつした岩を紺色に変えて、エメラルドグリーンの海が鮮やかに顔を出した。そうか、目指してきた夢は、消してはならない。強くならなきゃ・・・落胆と懺悔を超えた声が聞こえるよ。あの時、この海岸で合わせた彼の声が。
岩礁から海鳥が飛び立ち、すうーっと大空を横切っていった。それと同時に、温かな潮風が、私の身体をさあっと吹き抜けていった。心は、この心は、きっと立ち直れるはず。私は、大空に、摩文仁のガマのあの時の彼の姿を描いていった。精悍でひたむきだった彼の姿を・・・

 

ひとすじの涙が、頬を伝って流れた・・・

ザーッ、ザーッ、ザーッ、ザーッ・・・
ザーッ、ザーッ、ザーッ、ザーッ・・・

 

エメラルドグリーンの海が、
「さあ、起き上がって、しっかり生きなさい」と囁いた。
私は、顔を上げ、未来への意志を持って空を見上げた。上空には、彩雲が鮮やかに現れて、これから行く先は、決して絶望だらけではないことを知らせる。いつもより空が青い。手の届くすぐ近くに空があって、辿ってゆくと、空は、どこまでもどこまでも続いていた。

 

 

 

 

 

 (これまで25回にわたり掲載してきました『あの青い空と海を』いかがでしたか。

  とおい将来、本にする日が来るやも知れません。その時は、お知らせ致します。

  ここまでお読み下さった皆様方に深く深く感謝申し上げます。

      本当にありがとうございました           生田 魅音)