(前回の続きから。洋一とみゆきの心の揺れを読み取って頂ければ、幸いに思います。長文です。最後までお読みください)

 

 重なり合い葛藤する

 金城さんの想いと実績とを引き継いで、遺骨収集活動の準備は、仕事の合間に進めていた。
数日後にジャングルの奥に潜むガマの下見をしようと思う。
ぼくは、摩文仁のジャングルへ通じる土地の地主さんの家を訪れた。地主さんには、前もって金城さんから電話でその旨を伝えてあった。
「私はガマの中に眠る遺骨や遺物を取り上げる活動をしている者です。遺骨収集活動のため、すみませんが、この土地を通り、森の奥のガマを調査することを許可してくださいませんか」
「ああ、それならば、どうぞ通ってください。ただし、自然はそのままで、絶対に荒らさずに、遺骨収集はやってくださいよ」
「ありがとうございます。決して自然を荒らさないことをお約束致します。慎重に遺骨収集の作業を進めます。では、近々、遺骨収集の作業の為に入りますので、また連絡します」
ぼくは許可を貰えてほっとした。
 ほっとした気持ち。開放感。マチグワに寄って一杯やろう!
珍しく休みを貰えた日曜日。牧志公設市場へ。国際通りから入った古びた市場(マチグワ)は、相変わらず多くの人でにぎわいを見せていた。所狭しと並ぶ店の店員さんの活気ある口上が面白い。此処に来れば、人のぬくもり、繋がりを感じることができる。孤独を紛らわし、大らかな気分を得たいときは、マチグワがいい。
すぐに真っ黒のぐるぐる蛇が目に飛び込んでくる。イラブーだ。何時見ても気色悪い。逃げるように進むと、今度は、色マンチャ―な魚の陳列にギョッとする。青、黄、赤、緑・・・アバサー、ミーバイ、アカジン、オジサン、グルクン、イラブチャー・・・熱帯魚。
白身の美味しい魚たちが、人の往来をギョロと見つめている。そう言えば、アバサー汁食べたくなったさ・・・そう言いながらも、好物のグルクンを買う。
 さらに、乾物や漬物や加工品を扱う店があり、そこで足が止まる。
人混みはごみごみ、モズクはつるつる、ミミガーはこりこり、島らっきょはしゃきしゃき。
雑然としてカラフルで躍動している。市場全体がひとつの生命体。
「おにいさん、一つ食べていきなさい」とおばちゃんが楊枝に刺した島らっきょを勧めてくる。「いただきます」とパクッと食べると、香りと共に美味が口いっぱいに広がる。
「お・い・し・い」とぼくが言うと、
「新しいからね、産地直送さ。すぐにわーが砂糖酢で漬けたからね。美味しいはずさー」とおばちゃんがぎらぎらした目で自慢げに説明。
「歯ごたえさいこう、おばちゃんの味だね。これ一袋ください」
「真心入りさー、美味しいだろ。やー、二階で、島らっきょつまみながらビールなんて、いいもんさ」
「はい、そのつもりです。もうちょっと目の保養をしてから・・・」
ぼくは、肉屋さんの方へ行ってみた。真っ先に、チラガー(豚の頭の皮)が迫ってくる。
おお、おっかない・・・
「いらっしゃい、三枚肉おいしいよ」と肉屋さんの勧誘。
見ると、うまそうに味付けされている三枚肉が、食べて食べて、とぼくを誘ってくる。
食わぬは一生の恥とばかり、三切れ頂くことにした。
「はい、三枚肉、三切れ、お買い上げー」と手際よく包装してくれる。
「にいさん、てびちはいらんかね」とさらに誘惑してくる。
買わぬは末代までの恥とばかり、てびちも買ってしまった。
ぼくは、手に入れたグルクンと島らっきょと三枚肉とてびちを持って、市場の二階へと上がって行った。 “もちあげ “を頼む。幸い、お客少なく並ばずにすんだ。新鮮なグルクンは、おじさんに頼んで、から揚げにしてもらった。もちろん、生ビールは大を注文。
「いっただきまーす」
ビールジョッキーを高々と掲げ、がばあーっと半分程飲んで、島らっきょから頂く。この長細いらっきょの歯ごたえにビールが進む。さあ、お次は、三枚肉。味付けは・・・おお、最高じゃん。ガブリ。うまいうまい。よし、グルクンだな、、、はあーっ、堪らん。
舌鼓を打ち、程よい酔いを堪能する日曜日の昼下がり。最高の孤独時間。
 瞬間、男女の賑やかな談笑が・・・
ぼくの箸を持つ手は放棄され、口はぽかーんと開いたまま・・・
階段の方から二人連れが・・・
憩いのひととき、味わい調子に乗って戯けていた昼酌が・・・あっ・・・
仲良く肩を寄せ、二人の手にはもちあげの食材が・・・白い歯がこぼれる・・・
みゆきさん・・・まさか、此処で・・・
あれが彼氏か・・・そうか・・・
何で、このタイミングで・・・
ばつが悪い・・・すぐにそう思って、ぼくは、体を小さく畳んで、ジョッキーやうちわやメニュー表で顔を隠した。帽子を深くかぶった。物の隙間から二人の様子を伺う。みゆきさんに華々しく振られたはず・・・心の整理もしたはず・・・なのに、どうして、気にするのか・・・
和気藹々と、話を始める二人。今観て来た映画の話。
この気まずさから、逃げよう。よし、そっと席を立とう。目をそらし、すっと抜けだそう・・・
あいや、まずいまずい、こっちに向かってくる・・・ああ、ばれた・・・
「洋一さん・・・こんにちは。御食事でしたか」
「あっ、みゆきさん、こんにちは」
作り笑顔で返したものの、相当に顔はひきつっている。声さえ出なくなる。
「洋一さんも、此処で食事を楽しんでおられたのですね」
「はい、ゲホッ、ゲホホホッ」
ぼくは、その場から逃げるように去った。ああーっ、さ・い・あ・く・
 部屋に戻った。もういやだ。話もせずみゆきの前から立ち去ったことを後悔する。今度遺骨収集活動の時に逢ったら、何と言い訳をしようか。それにしても、なぜマチグアで遇ったのだろうか。現実が信じられない。人間不信。ふたたび孤独の時間。あれこれ思考する。壁に向かって今の気持ちを描く。
彼女は、恋人がいても、寂しさを感じているのかも・・・
くだらないことを考えるばかり。みゆきに遇ったことぐらいで動揺している自分がおかしい。
 後悔先に立たず。割り切って先に進もう。
ジャングル奥地のガマの下見の準備に取りかかった。
金城さんの話を元に、慎重に計画を練り具体案を紙に書いてまとめた。
数日後、ぼくは、遺品・遺骨収集活動の下見に出かけた。十一月。幸い、雲一つない快晴である。
一人で活動することがよき経験となると自分に言いきかせる。
車に荷物を積み込み、作業着に着替えた。厚手の軍手に電灯付きヘルメット、そして、ミニサイズのシャベルを背負って歩き出す。
 すぐに深い緑が目の前に迫る。繁茂する森林。道なき道の下は崖だ。恐怖が行く手を阻む。まさにジャングル。向こうには、巨石がごつごつしている。自然破壊に繋がる行為は出来ない。
四の五の言っても始まらない。勇気を振り絞って下りていく。もうもうと覆い繁る草木やつるを押しのけて進む。その先は、歩行困難な狭い崖となる。恐る恐る体を崖の方に寄せて、横歩きしながら歩を進めていく。手はブルブル、足はガクガク。顔を引きつらせ、手で岩を掴みながら、何とか前進。無事、岩場の所を通過し終わる。ほっ。ようやく道があった。歩行が楽。次は、落ちた葉がぶ厚く堆積している足場。歩きづらい。その次に待ち構えていた物は、太い蔓と太い木。ぐじゃぐじゃに絡まっている。勿論、伐採などは出来ない。根を殺さず、以後の通行が出来るように間を開ける。隙間を見つけて姿勢を低くして通り抜ける。ハブが出てこないのは幸いなり。
おそらく、この茂みの辺りにも、遺骨が眠り、遺品が日の目を見るのを待っているに違いない。だが、ぼくには遺骨を探す余裕がなかった。
今日は、目的のガマへ辿り着くことだけに集中。
そこから先に進んで行くと、鍾乳石の岩盤が見えてきた。奥の方を見ると、小さな洞穴があった。
「おおーっ、ガマだ。避難壕にちがいない」
一時間以上かかって、ようやく、金城さんの指示されたガマまでやって来た。
ああ・・・戦禍を逃れようと避難してきた住民の人たちはこんな奥地まで・・・
米兵に見つからないようにうまく逃げよう・・・
見つからなければ、何とかなる・・・
必死の行動。助かることを願っていた。
でも、地上戦の現実が、このジャングルにも迫っていたのだ。
金城さん達と入ったガマでの遺骨収集の経験が、ここで生きてくる。石や固泥を手でどかせば、入口は微かに口を開け、大きい石をミニシャベルで取り除けば、這って通れるぐらいの開口が出来た。米軍の砲撃を受けて崩れ落ちた入口だ。
「よし、少し中に入ってみるか。ろうそくに火を付けよう」
ぼくは、「少しだけ入ること」と言われた金城さんの言葉を肝に銘じ、ろうそくの灯りを持って中を覗き、ゆっくり入って見た。壕の中はとても暗く、這いながら進む。恐怖は感じるが、勇気の方が勝っている。ヘルメットの灯りで照らすと、結構奥が続いているのが分かった。
そうか、このガマは巨岩の下にあったから敵に見つかりにくく、砲弾からも守られただろうなとぼくは推察した。それでも「いつやられるか」とびくびくしながら、住民や日本兵は身を潜めていたはずだと思った。入り口から入って四メートルくらいの所に広い所があった。そこに遺骨が眠っているかも知れない。たくさんの石が塞ぐように在るので、一つ一つ慎重に石を排除する。石を一カ所に寄せた後は、地面を掘ってみた。すると、コツンと音がして、何か固い物が当たったようだ。手で持ってみると、黒い棒のような物が出てきた。
「これは・・・人骨だ。動物の骨ではなく人骨だ」とぼくは感じた。もっと掘ると、頭蓋骨や骨盤の骨も見つかった。状況からして、戦時中、此処で亡くなられた方の骨だと思われる。近くを探ると、軍靴や飯盒、水筒、ガラス瓶、手榴弾が出てきた。間違いない。きっとこのガマは、日本兵が隠れていたに違いないと推察した。
それにしても、ジャングルの奥地のこのガマでどんな時間を過ごしていたのだろうか・・・
避難民と日本兵との関係は・・・
恐怖を感じ、絶望と闘いながら、ガマに身を潜めていた・・・
隠れていた人たちは、無事、助かったのだろうか・・・
「よし、今日はこれだけの物を持ち帰ろう」と、今出てきた遺物だけを用意していたプラスチックの箱に入れて持ち帰った。遺骨は、残念だが持ち帰るのを断念した。
「安らかにお眠りください」とぼくは、集めた人骨に手をあわせた。
また来ます。今日は、無事にここに入らせていただいて、ありがとうございました・・・
ガマをあとにした。帰りは昼の二時。予定通り。
遺品を入れたプラスチックの箱を大事に背負って、歯を食いしばり一歩ずつ歩を進め、来た道を帰ってゆく。行く途中に付けておいた白いリボンが目印となる。帰り道は思ったよりスムーズに通り抜けられた。一時間もかからず、無事、車にたどりついた。
 ザーッ、ザザザザザーッ、眼下に青い海が見える。海に連なる空は今日は薄ぼんやりとしている・・・不思議だね、あの時、炎と血で真っ赤に染まったはずが・・・今は穏やかに・・・
ぼくは想像を絶する激戦地に今居ることが信じられなかった。
何もかも焼き尽くされてしまったあの時・・・
今は、心穏やかに美しい海を眺めることが出来る。ほんとうに幸せだなあ。
雨が降らなくて、良かった。ハブに噛まれずに良かった。とりあえず、金城さん家に寄って、発見した物を見てもらおう。
ぼくは、車で金城さん家に直行した。
「あのー、金城さん、洋一です」
「ああ、洋一君。お疲れさん。どうだったかね」
金城さんが玄関で応対された。
「はい。金城さんから頂いた地図を頼りに行くと、ガマがありました。たぶん目的のガマだと思います。そのガマから遺骨と遺品をいくつか発見できました。今日は、遺品だけ持ち帰ってきました」
「すごいじゃないか、まず部屋に上がって、ゆっくり話を聞かせて」
「おじゃまします」
部屋に入って、今日の成果について金城さんに報告した。
「とにかく大変でした。ジャングルをかき分けてゆくと、そこは崖が迫る細い道。震えながら崖道を行くと、小さなガマがありました。入口がふさがっていましたが、落石を排除して中に入ることが出来て良かったです。今日は発見した遺骨は持ち帰れませんでしたが、これらの遺品を発見できました」
「大変だったね・・・本当にご苦労さん」
「遺骨収集活動はやりがいがあります。ガマのある場所が分かっただけでも当時の状況を考えることができますし、こうして遺品を目の当たりにすると、持ち主の気持ちが伝わってきます」
「そうだよ、そう思うところに、活動の意義がある」
「ぼくたち戦争を知らない世代でも、活動すれば何かを掴むことが出来ます」
「ああ、暗くて狭いガマの中で、死にたくない、生きて家族に会いたい。息を潜めて、その日が来るのを待っていた・・・」
「軍靴や飯盒、水筒、ガラス瓶、手榴弾など・・・手榴弾は完全につぶれています。これで自決したのでしょう」
「そう言えると思う。たぶんこれは日本兵のだよ。この軍靴を履き、水筒などを持ってガマに入っていたのだ。ひょっとしたら県外から来ていた兵隊さんかも知れん」
「でも、その日本兵が、住民をも殺してしまった・・・悲劇ですよね」
「そういうことさ、戦争なんてのは。いざ激戦となれば、敵も味方も分からなくなる。大混乱の中で本来の心を失う。私も戦場にいた者として痛いほど分かる。その時、日本兵の頭の中にあったのは、御前はそれでも日本人かとか、お国のために死ねだとか、精神論だよ。これが当時の国民を支配していたからね・・・『命どぅ宝』という言葉は、それを戒めるために、戦後生まれた」
「命どぅ宝。命どぅ宝。この言葉に、亡くなられた方々の魂が宿っているのですね」
「命どぅ宝。命さえあればそれだけで幸せ。死んでしまってはおしまい。生きてこそ世のため人のためになれる。そういう意味が込められているのだ。生命こそが、最も大切な宝だよ。命どぅ宝。きれいごとではなくて、皆にしっかりかみしめて欲しい。命どぅ宝を全世界の人が共通の言葉として持つことが出来れば、間違いなく戦争はなくなるのだが・・・」
「そうですね。悲劇を二度と繰り返さないようにしたいものです。ぼくが出来ることは、観光の仕事。そして遺骨収集活動。これらを通して、命どぅ宝の重みを伝えたいと思います」
「さすが、洋一君、有り難いよ。是非、命どぅ宝を世界中に響かせてくれ」
「はい。必ず」
「ところで、また心配事があってね。次に洋一君に依頼しようと思っていたガマが、当時の爆撃で大きく崩落して、入口がふさがっているとの連絡があった。かなりの巨石がふさがっていて、中に入ることができない。だから重機を入れて作業をしないといかん。それも県と交渉しないと勝手にできる話ではないし、お金もかかる。それで、地元の人や他のメンバーと協力して、県との交渉を頼むよ」
「はい、わかりました。早速、県と交渉してみます。大変だけどやってみます」
このあと、金城さんと今後の遺骨収集活動の計画を見直した。次回は、今日行ったガマにある遺骨や遺品を持ち帰ることとなった。

 その頃、私(みゆき)は、担任をしている三年生の授業を終えて、久しぶりに定時に学校を退勤した。今度取り組む平和教育の授業について、何か良いアイディアを授けて貰おうと、おじいの家を訪ねてみた。
「おじい居るー」
「ああ。居るさ。入っておいで」
「ひゃー、疲れたー。はーっ、おじい何か冷たい飲み物ある」
「あるさ、ちょっと待って、用意するから」
私は、風呂上がりの髪を束ねながら、座敷に座った。
何気に見やると、若い男性が座っている。
はっ・・・
「えっ、あっ、すいません。ここに洋一さんがいるなんて・・・」
「こんばんは。ぼくひとりで遺骨収集で摩文仁のガマに行って、今帰ってきたところです。金城さんに遺品を見て頂くために伺いました。みゆきさんは、お仕事帰りですか」
「はい、そうです。前と違う小学校で教師をしていて、その帰りです。今は三年生の担任をしていて、毎日子供たちと格闘しています」
私は慌てて座り直して、姿勢を正しくした。
「おい、何だみゆき、洋一君に挨拶はしたのか」
「こんばんは・・・」
「さあ、洋一君もみゆきも、冷たい飲み物をどうぞ。このサーターアンダギーは、私の手作りだから、食べてみて」
「いただきます」
手を伸ばし、サーターアンダギーをほおばった。そして、冷たい麦茶を一口飲んだ。氷の浮かんだ麦茶の冷たさが、気まずさを落ち着かせてくれた。あの時、安里ホテルで洋一さんの告白をきっぱり断った。そして、牧志公設市場で会った時は、大した話しも出来ずに・・・振った相手とまた会うか。洋一さんは気にしているのだろうか・・・私には好きな人が居るのだから、仕方のない事。でも、洋一さんを傷つけてしまったかな・・・ああ、人間関係って難しい・・・
「お互い何度か活動の中で顔を合わせているから知っているだろ。洋一君、みゆきだよ私の孫の。そして、みゆきに知らせておきたい。私の代わりに洋一君が遺骨収集活動のリーダーとして頑張ってくれる。だから、宜しく頼む」
私は、恥ずかしくて、すぐに返事が出来なかった。
「学校の先生は大変ですね。でも子供たちはかわいいでしょ。やりがいのある仕事ですよね、小学校の先生は」と洋一さんが息苦しさを紛らす質問をされた。
「そうなんです。私、子供が好きで、この仕事に誇りを持ってます」
「誇りですか、すごいですね。子供たちにも人気の先生でしょう」
「洋一さんは、活動のリーダーとして、さっそくひとりでガマに入られたのですね」
「はい。今日行ったガマで遺骨を三体見つけました。ですが、ひとりだったので、遺骨は運べませんでした。とりあえず遺品の数点をこうして持って帰って来たという訳です。やっぱり遺骨収集活動は、メンバーがいて初めて成り立ちます。メンバーの有り難さがよく分かりました」
「そうですね、私はこれからもメンバーの一人として頑張ります。すみません、洋一さんの発見された遺品を見ても良いですか」
私は、洋一さんの持ち帰った遺品を見た。
土がついて錆び付いた飯盒、水筒などが・・・
突然、声が聞こえて来た。
ありがとう・・・でも、何もいいことがなかった。私たちの青春は、この通り・・・
君は君らしく生きていってください・・・
心の声。
持ち主から私に天国からメッセージが送られたのだと感じた。
「戦争の真実をお示しくださり、有難うございます。必ずその遺志を引き継いで、平和な世界を実現させますから・・・健やかに天国でお過ごし下さい」
私はそっと囁きかけた。
「みゆきさんにも無念の声が聞こえましたか。きっと青年兵士だったと思うのですよ。亡くなった方は、ぼくらよりも若かったと思いますよ」
「ええ、私もそう思います。今、青春という声が聞こえてきましたから・・・」
「青春か・・・人生で一番輝いていて美しい時・・・」と言った洋一さんの言葉に私は頷いた。
「じつは、来週、授業で平和学習をするから、おじいに良いアイディアがないかと訊ねてきたのです」
「平和学習か、それは、是非やって欲しい。まずは、子供たちに戦争の真実を教えることが大事だろ。ひめゆり学徒隊や鉄血勤皇隊のことを教えたらどうか」とおじいは返してくれた。
「でも・・・それは、他の人でも出来ると思って・・・私にしか出来ない平和学習に取り組みたいと思っている」
「平和学習は、戦争の悲惨さを知り、戦争の本質を掴むためにするのだろう。そうすれば、誰もが平和の尊さを求めるようになる。私はそこに期待している」
「うん、それは私も分かっているけれど、具体的で独創的な授業は出来ないかと思って。研究授業なわけさ、先生方が私の授業を見て意見するから・・・」
「あのー、口を挟んで申し訳ないですが、みゆきさんは、何故、遺骨収集活動をしているのですか」と洋一さんが厳しい顔をして訊いてきた。
「それは、遺骨収集活動は、沖縄戦で苦しんで死んだおばあを始め亡くなられた多くの方々の死を弔い、その想いに触れたいと・・・」
「そこですよ、そのみゆきさんの想いを授業にぶつけたらいい。今、遺品を見て、みゆきさんは言葉を掛けておられた。それを授業でやったらどうですか」
「ああ、なるほど、遺骨や遺品と対面して、声なき声に耳を傾け、聞こえてきた声に言葉を返す。
それを先ず私が子供たちの前でやって見せたら、伝わるものがありそうですね」
「そう思います。戦争体験者の語りがなぜ感動するのかといえば、ご本人の体験されたことをそのまま話されるからです。我々戦争を知らない世代は、少しでも戦争の事実を掘り起こし、それを子供たちに伝えなければならない。みゆきさんには、遺骨収集活動に九年取り組んでこられた実績と想いがある。それを語れば、沖縄戦とは一体何だったのか、それが掴めてくると思います」
「みゆきの担任している三年生が、分かる授業にせねばならん。そこが問題だ」
「ぼくには学校の授業のことは分かりませんが、三年生ならば、遺品ひとつ一つの説明をして、どんな気持ちでガマに潜んでいたのかなど分かりやすく教えることが、授業の第一段階でしょうか。その為に、実物や写真を子供たちに見せたらどうでしょう」
「そうですね、そこから授業を始めようと思います」
「それで、みゆきは、ガマでの遺骨収集について、子供たちに何を語るつもりか」
「それは、まだこれから考えて、子供たちに分かるように話したいと思っているさ」
「そうか。私がガマにこだわるのは、沖縄戦の真の姿が見えるからだ。死を目の当たりにして逃げ場を失ったら、人間はどうするかということだ。あんなに狭くて真っ暗でじめっとした所にしか逃げ場はなかった。何とか生き延びようとして、ガマの中で耐え忍んだのだ。しかし、アメリカの砲撃・火炎放射での焼き討ちは容赦なかった。ガマに隠れている人の命も奪ってしまった。その中には、兵士ではない民間人も居たのだ。言葉では言い表せない辛さと悲しみ。それが地上戦であった沖縄戦の実態。そのことを無言で語るのが、遺品だ。本物の遺品を子供たちに見せて、ガマの中での生活、隠れていた人たちの気持ちを是非子供たちに伝えてほしい」
「よく分かった。ありがとう、おじいも洋一さんも・・・私なりに遺骨収集活動への想い、おばあへの想いを子供たちに語ろうと思っている」
「だいぶ見えてきて良かったと思います。子供たちと共に創り上げていく平和学習ができることを願っています」
「ああ、みゆきならきっと子供たちの心に届く平和学習ができると思うよ。私にできることがあれば言ってくれ。協力はするから」
「ありがとう。授業計画をしっかり作って、頑張るよ」
二人のアドバイスを持ってして、平和学習の授業の概要が見えてきて良かった。ほっとして、サーターアンダギーを頂いた。洋一さんもサーターアンダギーをぱくぱく。次回の遺骨収集活動に向けて、三人で打ち合わせをした。今後は、洋一さんが活動を引き継ぎ、リーダーとして、計画・交渉・実践・整理保管を行うことになる。「出来るだけ協力します」と洋一さんに告げた。遺骨収集活動を通して、たくさんの戦死者の御遺骨に触れ、戦争の真実を学ぶことができる。天国に旅立ったおばあもそれを喜んでくれるに違いない。
おじいが《沖縄戦資料館》を作ると言う。
「私はこれまでたくさんの御遺骨や遺品を見つけて、ここに持って帰ってきたが、行政も大学も引き取ってはくれない。公営の資料館が出来ないというのであれば、私のうちの隣の倉庫を《沖縄戦資料館》として、みなさんに開放したい。すでに、数万点の遺骨・遺品が集まった。その集大成として《沖縄戦資料館》を作りたい」
私も洋一さんも《沖縄戦資料館》の準備には全面的に協力するとおじいに言った。
 洋一さんが帰ると言う。玄関先で見送ることにした。
「洋一君、御苦労様、次回も頼んだぞ」
「はい、県との交渉など宿題は山積みですが、ひとつずつやり遂げたいと思います」
「では、洋一さん、またお会いましょう。次回の活動を楽しみにしています」
「はい。ぼくも楽しみにしています。次回は、摩文仁のジャングルのガマに入るので、準備をお願いします。ちょっとハードになると思いますが」
「わかりました。おじいに色々ポイントを聞いておきますから。洋一さんも準備を頑張ってください」
「では、失礼します」
洋一さんが帰っていった。彼はとても頑張る人、きちんとしている人・・・あっ、いかん。私には素敵な彼氏がいるのだから・・・と思っていると、
「みゆきの顔に、洋一君のことを好きだと書いてあるが」とおじいがからかってくる。
「おじい、私のことはいいから、インスリンを打つ時間でしょ」と言い返す。

まったく冗談じゃない。嫌味なこと言って、おじいは・・・

 

 (だいぶ長文でしたが、最後までお読み下さりありがとう御座いました。

                              次回をお楽しみに・・・    生田魅音)