(前回の続きから・・・最後までお読み下さい)

 

 ばたばたと仕事に追われているうちに、遺骨収集活動の日がやってきた。
作業着と軍手とヘルメットと数種のシャベルを準備し、金城さんから教えていただいた南部のガマへ車を走らせた。無事、現場に到着した。摩文仁の丘より下った所。
「よく来たね。遺骨収集活動は、沖縄の有志だけでなく、最近は、神奈川や仙台からも参加者がいるよ。活動の輪が広がってきて、嬉しいさ。さあ、洋一君も身支度して」
金城さんの笑顔が朝日に輝いていた。支度をしている間、次々と参加者が車でやってきて、結果十名ぐらいが集まった。ぼくも含めてボランティアの若者ばかり。こんなに遺骨発掘作業に集う若者がいることに驚いた。金城さんの人徳だと思った。
 参加者が集合し、目的のガマへ歩いて行った。今回は、さほど険しい場所ではないとのこと。到着すると、金城さんが注意点と目的を話された。みんなでガマに入っていった。懐中電灯を頼りに、狭い穴の中に入る。ガマに入ると涼しく感じる。すぐにたて穴がある。声を掛け合いゆっくり降りる。空間が広がっていた。天井には、つらら状の鍾乳石の尖りがいくつも見える。みんなその空間に立ち、人員を確認。
「ずっと前から、此処には人が入ってきている」
金城さんの言われる通り、ゴミなどが散乱している。まずは、このゴミを撤去することから始めた。空き缶やお菓子の袋、新聞紙などがあった。ゴミの撤去が終わって、やっと奥へと進む。一部が崩落し、黒くなっている壁があった。煤の痕かと思われる。
「これは、米軍の火炎放射で焼かれ、爆撃弾を投げ込んで壊された痕だよ。攻撃のすさまじさを物語っている」と金城さんが説明された。
さらに進んで行くと、足元にぺちゃぺちゃ水が寄って来た。湧き水のせいだろう。ぼくらは長靴を履いているが、当時の避難者は、この様な状態の中で暮らすことは、容易ではなかったはずだ。
「さて、この辺りで遺骨を探しましょ。みんな私のやることをよく見て、参考にしてください」
金城さんが、地の様子を確かめられていると、
「コウモリがいるさ、ほら、あそこ・・・」とボランティアの男性が言う。
鍾乳壁を見ると、数匹のコウモリがぶら下がっているのが見える。
改めて此処は暗くて狭い鍾乳洞なんだと実感する。まったく光が届かない隔絶された場所。
コウモリの巣の真下で、金城さんがツルハシを手に取り、カン、カン、ゴーン。
ごつごつした岩を、叩き始められた。
「落盤がひどいね。この岩の下に骨が埋もれていた。ほら、見て」
差し出されたのは長さ五センチほどの棒っ切れのような人骨。
真っ黒で、説明がないと人骨だとは気づかない。
「このガマには、沖縄戦で隠れていた人々の遺骨が今もなお置き去りにされている。生き残った者ができる限りの力を尽くして救ってあげたい」
金城さんはさらにツルハシを振るわれる。ボランティアの若者達はそれを黙って見ている。
「これ、何だか分かるかね」
黒い塊の泥を払いながら見せられるので、覗いてみると、楕円状の物体。
「手榴弾だ。ピンを抜いてある。これで自決したんだ。それでこの辺りから出る骨は、原形を留めずばらばらになって出てくる。死を選ばざるを得なかった無念の叫びが、この壕にこだました・・・」
さらに色々な生活道具、茶碗や水筒、くしや眼鏡まで出てきた。ぼくたちは、掘り出された遺骨や遺品を箱の中に一つずつ納めた。ばらばらで真っ黒になった小さな骨は、個体ごとに箱の中に入れていった。
「こんな暗い所に、ほったらかしではかわいそう。ひとつでも多く、明るい陽の光の下に戻してあげたい。私たちが出さなかったら土に還ってしまう・・・まだまだ、この糸満だけでも二百四十カ所のガマがあり、ほとんど埋没してしまっている。それらを一つ一つ掘り起こせば、数千の遺品・御遺骨が出てくるはずだ」
参加者は、みんな頷いた。
「さあ、みんなもこの先の広くなったところで掘ってみよう」
ぼくらはおのおのシャベルと箱を持って移動した。
「まずは、土の表面を目で見て、何か物がないかを確かめて。それから手で触って確かめながら、ゆっくり少しずつ掘っていこう。壁を破壊したり、人に当たらないように、充分気をつけて・・・」
「銃弾や手榴弾は、直に触らないこと。爆発するかも知れないから危険だ。見つけたら私に知らせて。後日、まとめて撤去するから、この岩陰に置いておくように」
金城さんの注意を受けて、ぼくらは遺骨や遺品を探す作業にかかった。絶対に探し出して、遺族の元へ返してあげたいと慎重に作業を進めた。
ぼくは、被さっている石をのけて土を掘ってみた。地表に何やら尖った物が出ている。
手でゆっくり土を払うと、茶碗の欠片らしき物が出てきた。見つけた茶碗の欠片をプラスチックの箱の中に入れた。
このガマで暮らしていた人の茶碗だ。満足に食べられていたのだろうか・・・
生活道具がこの辺りに埋まっている。よし、もっと探すぞ。
そう考えていた時、誰だか知らないが、ぼくの肩をポンポンと叩いてくる。
「あのー、ひょっとしたら、洋一さん・・・」と女性の声がする。
暗くて顔が見えない。誰だろう・・・知り合いはいないはず・・・
ほのかな明かりの中に、凜々しい作業服姿。白い歯がこぼれる笑顔。脚が長くスタイルがいい。
「あっ」「みゆきさんですか・・・」
ぼくは驚いた。卒業間際の合コンで出逢ったみゆきさん、いや失礼、憧れのみゆき様・・・
「そう、みゆきです。あの時のみゆきです」
「まさか此処で逢えるとは・・・みゆきさんもこの活動に参加されていたのですね」
「そうなんです。洋一さんではないかと思って声をかけたら、本当にそうで、びっくりしました」
「あのコンパから三ヶ月ぶりですか。ずいぶん前だったように感じます。卒業後どうしていますか。ぼくは、旅行会社に勤めてます」
「私、今、無職です。でも、九月から小学校の臨時採用教師として働きます。それまでこの遺骨収集の作業をしようと思って。洋一さんは旅行会社にお勤めで・・・」
「みゆきさんは、小学校の先生をされるのですね。さすが・・・ぼくはあの金城さんに誘われて、この活動を知り参加しました。初めての参加です。色々勉強しようと思って」
信じられない。まさかあのみゆき様に再び逢えるなんて。ぼくは、いつの間にかドキドキしていた。夢ではなかろうか。
「実はあの人、私の祖父なの。洋一さんが祖父を知っているなんて、少し不思議な気持ちね」
「えーっ、金城さんが、みゆきさんのおじい様・・・」
「そうなんです。私もおじいの勧めでこの活動に入ったんです。でも、もうじき教員採用試験があるから、いつまで続けられるか分かりませんが」
狐につままれた様な気分とはまさに・・・
縁と言えば、縁なのだろう。金城さんとの出逢い、そして、みゆきさんとの再会・・・
大学最後の合コンで、彼女を誘えず、せっかくの社交ダンスを台無しにしてしまったこと・・・大した話もできなかった愚かな自分・・・それでも、彼女は、声をかけてくれた。
「すみません、私は向こうを探しますので」
みゆきは、探す場所を移動した。ぼくも慌てて作業を再開した。さっきまで掘っていた所を探した。すると、黒い棒のような物が出てきた。
あっ、これは・・・骨かも知れない・・・すぐに金城さんのところに持っていった。
「人骨だよ、これは。これがあった所をもっと探ってごらん。まだ出てくるはずだよ」と教えていただいた。掘ってみると、黒い骨があと二本出てきた。さらに近くを掘って、探してみると、アルマイトの弁当箱・木の枝のついた貝殻・ぼろぼろの布・ガラス瓶などが出てきた。
発掘した物を箱に収めて、作業は終了した。
 作業が終わり、全員、ガマを出て広いところに集合してきた。
みんな輪になって座り、各自ひと言ずつ感想を述べ合った。
「金城さんは、入ることすら困難なガマの中で、ひとり黙々と作業をされています。金城さんのような方がいらっしゃってこそ、この活動が展開できていると思いました。今日の体験は、ぼくにとってとても貴重な体験です。遺骨や生活用具などを降り出すことが出来て、嬉しかったです。そして、これからもこの活動を続けていこうと思います」
感想を出し合った後、片付けに入った。重い道具そして御遺骨・御遺品は、軽トラックに。
みゆきが黙々と用具を片づけている姿が、ぼくの目の水晶体に入って来る。みゆきの声が、ぼくの耳の蝸牛管に入って来る。
「おじい、疲れたでしょ。御苦労様でした」
汗を拭きながら黙々と働いている姿は、美しい。
「大丈夫。この通り元気だよ。あ、すまんが、あと少し道具が残っているから・・・」
「ああ、入れとかないと・・・」
道具をトランクリッドに入れ終わると、彼女は、みんなの方を振り返り、
「みなさん、お疲れ様でした」と大きな声で参加者の労をねぎらう。
清清しい声。爽やかな笑顔。みゆきのことが気になる。せっかく再会できたのだし、この機会を逃すと・・・そう思うと、脚の方が先に動き出した。
まず、金城さんに御礼を言った。
「金城さん、お疲れ様でした。今日もまたいろいろ勉強になり、御世話になりました」
「お疲れさん。お陰でたくさんの御遺骨や遺品が発見できた。ありがとう」
「みゆきさんは、金城さんのお孫さんだったんですね」
「そうだよ、私は孫が四人いる」
「頑固なのよ、ウチのおじいは・・・」
「何を言うか。こんな柔軟性のある年寄りはいないだろ」
「あははは・・・」
「みゆきさんもお疲れ様でした。また此処で逢えるとは夢のようです」
ぼくがそう言うと、みゆきは、話したそうな顔になった。
「あそこから海が見えるので、ちょっと行きましょうか」
「ああ・・・」
彼女と並んで歩く。どきどきの胸。覚束ない脚の運び。
摩文仁の丘。崖の上の防護柵に二人並んで景色を眺める。
岩のごつごつがちょっと視界に入る。あえて遠くに視線を向ける。
地平線までずっと広がる海。ラグーンの濃い群青色が、主役と言わんばかりに目立つ。
ぼくは、先程の作業のことを切り出した。
「みゆきさん、遺骨収集作業黙々とされていましたね。疲れてませんか」
「ううん、大丈夫ですよ。ご覧の通り体は頑丈ですから。洋一さんも頑張っておられて、お疲れでしょう」
「はははっ、頑丈ですか。みゆきさんは、学生の頃何かスポーツをされていましたか」
「はい。私、バスケ部だったんです。小学校五年から高校まで、八年間頑張ってました。洋一さんも何か部活はされてましたか」
「ぼくは、野球部でした。ぼくは中高六年間やってました。毎日毎日、白球を追ってね・・・あの頃が懐かしいです。ひたむきで純情だった。もう一度あの懸命さを・・・」
「へえー、野球部って、い・が・い・・・あっ、ごめんなさい」
「そう言われても仕方がないです。ぼく、体育系には見えないから」
「失礼しました。私も、バスケに打ち込んでいたあの頃を懐かしく思うだけではいかんと思います。遺骨収集作業だけは、一所懸命やらないと・・・」
「初めての参加だったのですが、沖縄戦で亡くなった方々の慰霊は、全ての遺骨収集が終わらないことには、出来ない事です。まだ終戦とは言えないと感じました」
「そう思いますか。私も同感。遺骨と遺品を何とかしたいと・・・それにしても、今日はいつもにも増して空が青いですね」
「ほんと、雲ひとつ無い空ですね。真っ青な空に太陽がぎらぎらとして。夕方なのに、太陽があんなに高い」
「だって此処は沖縄だもん。私の生まれ育った太陽輝く島。いつだって太陽だけは、わった島に背を向けない。燦燦と輝いて、わったあを見守ってくれる」
「わったあ島・・・」
「おーい 戦争のばかやろー 醜い正体を見せろー」
みゆきが突然、海に向かって声を投げ出した。
「おーい 戦争のばかやろー 殺戮と破壊を容認するなー」
ぼくも負けじとありったけの声を崖下の岩場に投げつけた。
「此処から飛び降りた人に 何の罪があったのかー」
「手榴弾で自決した人に 難の罪があったのかー」
「おーい 波よ 幼い子どもを死に追いやった母の想いを感じるかー」
「おーい 波よ 戦車・戦闘機・潜水艦の鉄のにおいを洗い流してくれー」
「おーい キジムナー わったあ島を見捨てないで しっかり守れー」
「おーい キジムナー 燃え上がったこの空と海を覚えているかー 
 地獄の光景を忘れたら ただではすまないからなー」
「ははは・・・私って、変。滅茶苦茶叫んでしまって・・・」
「わはははっ・・・良かったです、すっきりしました。みゆきさんの想いがきっとキジムナーにも届くでしょう」
「あっ、忘れてた、おじいを車に待たせたままでした。すみません」
そう言うと、彼女は慌てて駐車場に向かった。ぼくも我にかえって歩き出した。
「おじい、御免。ちょっと海を見たかったから」
「ああ、そろそろ帰ろうか」
ぼくは、発車させるみゆきに思い切って誘いをかけてみた。
「あの・・・今度、大学の時の友人らが、浦添のライブハウスでバンド演奏をやるのです。良かったら、一緒に行きませんか」
「ああ、えっ、すみません。急いでいるので・・・では、これで・・・」
あっけなくエンジンを掛けて、真顔に戻る彼女。
「じゃあ、お気を付けて・・・」
みゆきが車で去るのを見送った。ひらりと身をかわされてしまった。
見事な玉砕。みゆき様をいきなり誘うなんて無理・無謀だった。
すでに合コンダンスでの教訓を忘れてしまっていた。現実は甘くはない。

 

 (今回もお読み下さって、ありがとうございました。続きは日曜日予定です)