(前回から一部省略し掲載。この物語の前半のヤマです)

 

 その頃、ぼく(洋一)は、本を買い、近くの定食屋で晩飯を済ませ、寮に戻ってきたところ。
買って来た本を広げ、縄文時代の沖縄と本土の文化的交流について学習した。
この春休み、いろいろなアルバイトをして、そこそこまとまったお金が入り、満たされた気分。

よし、決めた! 明日、東京へ帰ろう!
急に思い立ち、旅行バッグを取り出し、帰省の準備を始める。故郷恋しわが心。
航空券は、たぶんキャンセル待ちで手に入るから大丈夫だろう。
突然帰って母を驚かそう。そして、久々に友だちにも会おう。カラオケに行って盛り上がるのもよし・・・などと東京での過ごし方を考えながら、飛行機の時刻を調べた。
あっ、ひとつ忘れていた。高校時代の野球部の仲間と逢って飲んで語ろう。後輩たちの活躍について知りたいからな・・・
準備が終わると、寝床に就いた。
そして、翌日、爽やかな朝を迎えた。
久しぶりの帰郷にはやる気持ち。さて、東京の天気はどうだろうか・・・
テレビをつけた。ちょうど、ニュース&お天気番組が始まったところである。
 『真夜中の暴走、若者四名が事故死』
テレビの画面に大きく出ている。
「おいおい、真夜中に暴走って・・・」
呆れた顔で報道を視聴していると、帰京で頭の中が一杯だったぼくの顔が、急変する事態となった。なんと、その事故現場は、沖縄県の浦添市だと言う。

見覚えのある名前・・・あっ
すぐに顔が青ざめた。
「嘘だろう・・・」
目をこらし、耳をかっぽじって、報道内容に集中する。
ああ、なんということだ・・・死亡者の中に、石井さんと明子の氏名があるではないか。

しかも、スナックあけぼのの店員だと伝えている。

恐怖と焦り。青天の霹靂。体全体が震え出した。
まさか・・・明子が・・・石井さんが・・・
死んだ・・・ ありえない・・・ 何かの間違い・・・
全身が激しく震え、立っていることもままならない。どうしよう・・・ 

俺、どうしたらいい。胸が張り裂けそう。

ああーっ 頭を抱えて座り込んだ。
四人の乗った車が空き家に突っ込み大破。飲酒運転・・・猛スピードで・・・
じっとしているわけにはいかない。震える手で服を着替え、震える足で寮を飛び出した。
とりあえず、あけぼのに行ってみよう。バイクを走らせた。

交通事故で明子が亡くなった・・・
とても信じることは出来ない。何かの間違いであることを祈った。

あけぼのに到着すると、ドアが開いている。オーナーが、スーツに着替えておられるところだった。
「あの・・・洋一です。すみません、事故のことで・・・」
オーナーは振り返って、はっという顔をされた。
「君か・・・」 オーナーは、はあ、とため息を漏らされた。
「テレビの報道で観たのか・・・大切な命が亡くなってしまった・・・四人も・・・若いいのち・・・俺の責任さ」 オーナーは泣き出しそうであった。
「あのー、明子は、本当に明子は死んだのですか」
「ああ、取り返しのつかない事になった。朝早く明子さんのお母さんに連絡を入れた。今頃、安置所にて、御遺体と面会されていることだろう」
「・・・あのー、事故の原因は・・・」
ぼくはためらいながらも質問した。オーナーは、詳しく説明してくださった。

 昨晩は石井さんの誕生日で、店は誕生祝いで盛り上がっていたらしい。みんなかなり酔ってしまって、その勢いでコザまで飲みに行こうとなった。それで、明子とその友だち、そして石井さんとその友だちの四人が車に乗った。石井さんが運転していたようである。酩酊状態で、ものすごいスピードが出ていた。結果、民家に突っ込んで、車は大破、四人は即死だったとのこと。
「車に乗れず、死なずに済んだあけぼのの客が居て、その人から聞いて事故に至る経緯が分かってきたのさ。俺はこれから警察に行ってくる。事情聴取を受けて、説明しなければならない。そして、遺族の方々に会って、謝罪をしなければならない。それから、今後のことを話し合うことになるだろう」
「俺も、警察に行きます。何か出来ることがあれば・・・」
「いや、君には関係のないことさ。君はずっと前に店をやめて、昨晩もここに居なかったのだから・・・気になるだろうが、今後の対応は俺に任せてくれ」
オーナーにやんわり断られた。事情聴取を受けるだけで、心配いらないとのこと。ぼくは、何の役にも立たず、明子の死をくい止めることが出来なかった。やるせない思いをひきずったまま、ぼくは、寮に戻った。寮の部屋でひとり自己嫌悪に陥る。
まだ、信じられない。いや信じたくない。
明子の命が、一瞬にしてなくなってしまうなんてこと・・・

じわじわ不安と絶望が心を砕くように押し寄せてきた。

あんなに溌剌としていた明子が・・・

二人で過ごした日々・・・あれは何だったのだろう・・・

体の力が全部抜け、転がるように床に倒れた。

ぼくが、どれだけ考え悩み苦しんでも、時間は逆戻りしてくれなかった。
明子は、本当に逝ってしまったのか・・・
 ピアノのもの悲しげな曲が流れる葬儀場。

四人の死を惜しむ合同葬儀が行われた。多くの関係者が参列し、尊い若者の命に哀悼の誠を捧げた。ぼくは、涙が溢れ出るばかりで、何も考えることはできなかった。葬儀が終わった。ぼくは家族の方々に弔意を述べ、葬儀場の外でひとり悶々とした。愛していた人が二度とかえってこない、逢いたくても逢えない。

そして、自分のしでかした大きな罪に苛まれた。明子は俺が殺したという呵責の念である。
ああ、あの時、あんなことを言わなければ・・・
「あけぼのに来ませんか」と言った俺のひと言が、結果的に愛する人を死に至らしめてしまった。明子をあけぼのの店員にした俺の愚言がすべての原因。運が悪かった、では済まされない。すべてが俺のせい。大切な人を死に追いやってしまった。俺は、殺人犯だ。

このやろう、ばかやろう・・・
ああ、明子よ、俺を恨んでいるよなあ、殺してやりたいと思っているよなあ・・・
ああ、御免よ、いや、許して貰おうなんて思ってはいない。許されないと思っている。
馬鹿だ俺は。許されるわけない、絶対に・・・
最愛の人は、この後荼毘に付される。
今さら何を言っても、どう反省しても、明子は永遠にこの世から旅立った。
戻っては来ない。俺の前に姿を現すことは二度とない。
ああ、俺は本当に明子を愛していたのだろうか・・・
悔しさと哀しみがぐじゃぐじゃに混ざって俺全体に押しかけてくる。
わああーっ
俺は葬儀場から逃げるように走り出した。

近くの石段に駆け上がると、明子の言葉や笑顔や泣き顔が、次々に浮かんで来る。明子との思い出が、脳内スクリーンに走馬燈のごとく流れてゆく。トリホリでの出会い。あけぼのでのひととき。そして万座毛や渡嘉敷島のビーチでの思い出・・・美しく輝いていた明子の姿が、ぼくの心を完全に埋め尽くしてしまった。おおーっ、あの明るさ。あの笑顔・・・溢れ出る涙は、どうすることもできない。
「明子は、どこに、どこに行ってしまったあ・・・」
わめきながら、さらに走り出した。

明子を取り返したい気持ち。
死んでしまいたい気持ち。
もっともっと大きな泣き叫びを上げ、何も誰も見ようとせず、猛然と突っ走った・・・

 

 時間が経った。俺は、魂が抜け、死んだも同然の男。
「自殺しようか」
「どんな死に方がいいだろう・・・」
死ぬことしか考えていない。ふとんに潜り込んだまま、誰が声をかけようが叩こうがびくともしない。一週間、また一週間・・・一体何日過ぎたのかも分からない。
部屋の連中も、学科の連中も心配して繰り返し言葉を掛けてくれた。俺は泣きわめくばかり。
「おい、洋一、いつまで嘆いているんか。動き出せ」
同室の直人が、ついに、俺のふとんをはぎ取った。
「そんなに死にたいんなら死んじまえ」ついに直人が切れた。
ぼくの胸ぐらを掴み、一発パンチをくらわした。

「なにをー」ぼくは、怒り狂ってやり返そうとするが、力が入らない。

へにゃへにゃと床になだれ落ちてしまった。
「死なせてくれー」と俺は泣き叫んだ。
「死んだところで何になる、生きていれば洋一の思いが叶うだろ」
語気を荒げて直人は説得する。そのまましばらく時間が経った。
「大丈夫か、洋一」と直人は手を取って立ち上がらせてくれた。
「ごねん、ごめん。こんなに迷惑かけちゃって・・・」
鼻水をすすりながら、俺は我に返ることにした。とにかく友だちを不安にさせている状況だけは変えたい。立ち上がりトイレに行き顔を洗い部屋に戻った。
「すまん、直人・・・俺の話を聞いてくれ」
事と次第を直人に説明し、俺の気持ちを打ち明けた。

直人は黙って聞いてくれた。そして、慰めの言葉を言ってくれた。
「そんな事があったんか・・・辛いなあ、洋一」
「ああ。俺が彼女を殺したようなもんさ」
「何でなん?交通事故だろ。洋一は直接関係してへんし、仕方ないことや」
「でも、俺が、あけぼのに誘ってなかったら、間違いなく彼女は生きている」
「そうか、うーん、どうにもできへんことが、辛いな・・・」
「今となってはもう遅いが、もっと彼女を愛しておけばよかった・・・」
「洋一は、彼女がめちゃくちゃ好きだったんや。そうか。分かってきた、洋一の気持ちが・・・」

直人のその言葉を聞いたとたん、ぼくは、また泣き出してしまった。
「そやけど、洋一は悪うない。きっと彼女も天国で逢いたがってるんや。無念だが、亡くなったことは運命だと受け入れるしかない。今は辛いけれどもな・・・」
「いつまでもめそめそしとったら、天国の彼女も悲しむやろ」
「ああ、何か忘れられるようなこと起きへんか。それか、何かに打ち込むことや・・・」
「ありがとう。少し気が楽になったよ」
ぼくは涙を拭いた。直人の言うとおりだと思った。その晩、ようやくぼくは寮食を口にした。直人は、一緒に寮食を食べながら、さらに言ってくれた。
「よう起き上がってくれた。良かった。でも、辛いのは、洋一だけやない。遺族の人たちはもっと辛いんや。どうして若くして死んだんやーって、毎日毎日苦悩されている。とても納得できることではない。それでも、いつかは死を受け容れて、人は前を向くんや。だから、もう、洋一も踏ん張っていかな」
俺は、その言葉を聞いて、明子の分も生きて、命を尊ぶ道を進もうと思った。明子の死を受け容れるのには、相当の時間がかかるだろうが、明日から大学生活に戻ろうと決意した。

 

 悲しみを乗り越えて・・・

 

 ぼくは、大学四年生となった。

首里城跡の丘にある琉大キャンパスからは、人々が暮らし働いている那覇の街並みが見える。小高い丘にも住宅が建ち並び、壁面には穏やかな春の陽射しが照りつけている。

所々にハイビスカスの花が見える。うりずんに揺れる赤い花。ぱっと咲いて、ぱっと散るあの花か・・・

丈夫で高いハイビスカスの枝。台風をもろともせず、逞しく家々を護る。ぼくも、ハイビスカスに肖り、逞しく生きたいものだ。だが、愛する女性を事故で亡くし、ぼんやり佇む男。ああ、情けない。今年二十二歳になる男、しっかりしろとハイビスカスも言っている。心の鍵箱に押し込めたつもりが、また明子が蘇ってくる。明子と石井さんを死に至らしめた罪・・・それを考えると、胸が締め付けられる。明子と過ごした時間は、意味を成さない、ただ悲しい思い出・・・いや、愛しても愛しても愛し足りないほど、好きだったことだけは間違いない。明子を愛せたことは、良かったんだと自分に言いきかせる。あああ、明子は、今、天国で何を思っているだろうか。ぼくのことを思ってくれているだろうか。おい、誰かぼくに天国へ通じる電話をくれないか・・・
 明子のことを忘れ去ろうとすると、今度は、父と母のことが思い出される。ぼくの我が儘を受け入れ、沖縄で生きることを受け容れてくれた父と母。だが逆に、ぼくには、父母への感謝や思いやりの気持ちなんてあるのだろうか。酷いもんだ。あれから東京へは帰らず、父母の事を心配することなんて滅多にない。ただ、今だけ・・・
 【 ふるさとは遠きにありて思うもの 】
これは、欺瞞だな。少なくともぼくは。東京からどんどん遠ざかり、故郷や父母を思う気持ちは、薄らいでゆく。故郷東京で、父も母も一人息子のことを心配してくれている。何時(いつ)も何(なん)時(どき)もだ。それに引き替えぼくは・・・心が狭い。那覇の街は、さまざまな人間模様を孕みながら、ちっぽけなぼくを応援してくれる。この景色に何度励まされたことだろう。
「おい、洋一、一緒に行こう」といきなり後ろから声がした。見ると、史学科の片山だった。重苦しい気持ちを引きずったまま、ゼミへ歩き出した。

 

                首里城跡の丘にある木々の茂み

 

 

                守礼門 わが懐かしき青春のシンボル

 

 

 (今回もお読みくださり、ありがとうございました。次回もお楽しみに・・・)

                               生田 魅音