(前回のつづきから・・・)

 

 景観を楽しむ二重奏
 アルバイトも飲酒も中断し、大学の講義に真面目に出席し、読書にひたる日々。

大人としての自覚が芽ばえた旁ら、ぼくは自動車学校に通った。車を持てば、行動範囲も広がり、行きたいところにも行ける。自動車学校に通う費用は、父から出して貰った。だから、必死で自動車免許をとろうと頑張った。仮免を通過。実技も学科も無事合格し、目出度く自動車運転普通免許が取得できた。しかし、免許は取ったものの、車を買うお金は持っていない。仕方なく、ぼくの初ドライブは、レンタカー屋さんに車を借りに行くことから始まった。
 やっぱり海に行きたい。爽やかエネルギーを心に躰に注入しよう。

本島中部の海が良いかなあ・・・

よし、恩納村のビーチに行こう。

晴れの水曜日の早朝、ドライブはスタート。車は那覇から浦添へ。やがて宜野湾へと北上する。貫かれた五十八号線。此処までは快適だ。八月末の平日だから、他の車は少ないし、観光客の姿もまばらな様子。それでも初運転で、車体感覚を掴もうと必死。両手でハンドルをしっかり握りしめている。応援するかの如くエンジンの調子は良好、ブレーキも良く利く。少しゆとりが出てきて、脇見。

車窓から見える景色は、これぞ沖縄。

とっくり椰子は、南の島の憧憬を象徴す。ぎざぎざの葉が高く茂って、逞しさとしなやかさの誉れ。さやさやと揺れて囁きかけるよう。その向こうには、こんもりと茂る木々の緑がとても深い。あの茂った葉々の間に潜んでみたいものさ。夏の隠れ家。しばらく行くと、エメラルドグリーンの海が姿を見せる。ビーチのざわめき。綺麗なホテルがちらほら。ぎらぎら燃える太陽。その風景の間に間に、人々が住む家々や商店が見え隠れするんだ。アメリカ風の建物。ああ、嘉手納に入ったのか。米軍基地のフェンスが続いている。何食わぬ顔。そこからすうっと広がる青い空。ああ、ここは地球なんだ。平和な青い星。雲は真夏の空気を腹一杯吸いすぎて、もくもくもく。ぼくの気分は、否応なしに高まっていく。
 そんな素敵な景色を、一緒に見て盛り上げてくれる女性が、助手席に座っている。

女性は、ノースリーブのTシャツにぴちっとした短パンにサンダルと、ブリブリである。

そして、ずうっと運転するぼくに凭れかかっている。

即ちその女性とは、明子である。

明子はその後、スナックあけぼのの仕事を頑張り、客の入りも良いらしい。会話の中に愉しさと充実感が溢れている。片時も離れない明子の感触。心地良さと温かさを充分に味わう。
やがて、恩納村に入った。
「うわー、久しぶり。万座毛見たかったんだ」
明子の明るい声が弾んだ。
「俺も見たかったんだ。景色がすごいらしいね。ところで、万座毛ってどんなところ?」  

ぼくは万座毛に行ったことはなく、初めての出逢いを楽しみにしていた。
「ええーっ、知らないのー」
「万座毛は、巨大な石灰岩が創り出した形が素敵なの。象の鼻みたいでさー。その上に座ったら、幸せになれるって言われているの。二人で座っていると、恋のキューピットの姿が見えるはずよ・・・」と教えてくれる明子の横顔が光っていた。
 ガタンと、二人を乗せたセダン車が止まった。車を降りて「はあーっ」と大あくび。運転の緊張から解放された背伸びをする。爽やかな海風を感じて、明子もほーっと息を吐き出す。手をつなぎ、万座毛へ歩いて行った。すぐに、珍しい海浜植物や熱帯植物が目に飛び込んでくる。そして、目の前に象の鼻の岩が見えてきた。
「おおお、すごい形だなあ」とぼくが感嘆の声を発すると、
「ダイナミーック」と明子が相の手を打つ。
万人を座するに足ると尚敬王が賞賛したことがこの名前の由来。毛とされる草原は、草丈が短く揃っている。歓迎の誘惑。ぼくらは、ゆったりと遊歩道に沿って歩いて行った。台座を周遊すると、心地よい潮風と深緑の香りに癒やされる。緑と青にぼくらは染まる。
「ねえ、見て」と明子が誘うが、柵がないので恐くって、台座の上から海を見下ろすことができない。対照的に、明子は「きれいね」と素直に感動している。おそるおそる海の方を見れば、夫婦岩が見えた。夫婦岩に刺激された明子は、ぼくにぴったりと密着する。そのまま歩いて行くと、象の鼻の岩の上にたどり着く。何も言わず、二人並んで座り込んだ。まったく草原は落ち着き払っている。ああ、この台座に琉球王が佇んで、平和と繁栄を願っていたのか・・・今はもうこんなに平和だ。思えば、猛烈な鉄の暴風の中、逃げ場を失った住民たちが見た最期の景色が、これだったのか・・・うつろな目で遠くを見ると、海中に泳いでいる魚が「めんそーれ」と水上を飛び跳ねている。海と空の青に映えて光る明子をいとおしく思う。ぼくらは、息を合わせて、台座の上に思いっきり寝っ転がった。さあっと南薫が吹き抜ける。爽やか。象の鼻も活き活きと輝き始める。おおお、ぐるぐると台座が回っている・・最高の贅沢。噛み締める幸せ。甘くてそよ風のような明子の声が、果てしない大空に響き渡った・・・。

 

                「 好 き 」

 

 (今回はここまで、次回に続く・・・)

 今回もお読み下さり、ありがとうございました。

                 生田 魅音