■舞うごつすごか・・・猛虎秋雷■
 
 気を失ったうら若き二人のゆくえが、気になるところである。事後の事態を説明致そう。
漱石先生の祈祷により、巨大な竜巻が夏目漱石宅に襲来した。竜巻は若菜・智恵美の身体を巻き上げ、雷鳴とともに消えてなくなった。天空に吸い込まれて、大気圏を突き抜けてしまった。
 「うおおおお・・・」
乙女二人の身体は、宇宙空間をのたりくらり漂った。漂いにただ酔いながら、フラフラと銀河系の中心へと向かって行く。銀河の中心部にはブラックホールが構えている。
 「あらほらさっさー」  「ほいさっさー」
恐ろしい宇宙風が吹き荒れ、二人の身体はとても小さい穴に吸い込まれた。原子より極小のトンネル・ワームホール。それは、時間と空間を貫くトンネル。異常な重力のせいでゆがみに引っ掛かり、時間も場所も、もっかかりしてしまった。光速よりはやく無限の空間を突き進んでいった。人などという存在はまったく意味を持たず、脳で認識できる現象を超越している。着いた所は、事象の鏡となりし裏世界。二つの身体は、ぐるぐると旋回しながら、どーんと地上に落下した。

「秋の玄海  待ちこがれ胸高鳴る  我凜々と先駆ける」

聞き慣れない野太い声が、乙女らの耳に入ってきた。意識が戻り、目を開ける。現状を把握しようと、若菜・智恵美ともよろめきながら起き上がった。
ザーッ ザーッ  ザザッ ザー・・・
打ち寄せる波。見も知らぬ海岸に来ていた。
「はあーっ、まだ生きている。死んではいないようね」
「ああっ、漱石先生の家で・・・あれからどうなった?」
「あれ、あれれーっ、漱石先生がいない?!」
二人は、夢ではないかと目をこすり、頬をばしばしっとぶった。痛みを感じ現実であることを確かめた。
「目の前に海。またどこかにタイムスリップしたよう」
「うん、山から海へと忙しいこと・・・」
ほおっとため息をつき、水筒の水をひとくち頂いた。考えてみれば、金峰山に登ろうと始めた旅が、明治時代の夏目漱石様の愚痴を聞きに伺い、今はどこかの海辺に来ている。此処はどこで、何時代であるのか。
「きつねにつままれた気分とは、この事ね」
若菜はあまりの出来事に、呆れてしまって虚脱感を覚えた。
「あいやー、海は広いな大きいなあ。泳ぎたくても私はカナヅチ」
智恵美は、開き直るしかないと思った。二人は、顔を見合い動き出そうと決意した。きょろきょろと見渡す。向こうの方に石垣が続いているのが見えた。
「行ってみようよ、ねえ、若菜」
「うん、あそこに何かあるかもしれない」
しばらく砂浜を歩いて行った。ごつごつ岩の崖があって細道に出る。細道には雑草が茂り歩きにくい。登山服で来たことが良かったと思える険しい道だ。やがて、石垣のある場所に着いた。それは、延々と続いていて防御壁のように感じた。
「変なの、この塀。♫ へーい・塀・兵へへーい」
「指五本 広げて見れば 秋日なる 昼間の海に 出でし月かも」
「平和よねえ、静かだもの。それにしても誰もいない。さびしい所・・・」
「もう一発 静けさ漂うこの海に へー一発の心地よさかな」
「秋の海 延々続く石垣の 隙間あらみ わが衣手は 波に濡れつつ」
だが、静寂は長くは続かなかった。
「かかれーっ、ひるむなー」
「おりゃあああ」
男たちの怒声が海浜に響き渡った。
ばりばりばり どすーん ヒヒヒヒヒーーーン  ヒューン
立て続けに轟音が響き渡り、地響きが二人を襲った。
石垣の裏手に潜んでいた不思議な身なりの一団が、剣や弓矢を携え、石垣を乗り越えて来た。かたや、馬に乗りし武士たちが勇ましい顔で睨みつけてくる。身の危険を感じた二人は、すぐに松の木の陰に身を隠した。
「恐いわ。これは、大変な事が起きているに違いない」
若菜が震えて言うと、智恵美は若菜の体にしがみついた。
「きっと戦国時代よ、これから戦(いくさ)が始まるのだわ」
「どうしよう、私たち戦に巻き込まれれば、死ぬかもよ」
「ダジャレやおやじギャグがきつ過ぎたのかな。罰が当たった」
「それどころじゃない、智恵美、太い松の幹にしっかり隠れるわよ」
大勢の男たちが隊列を成してドドドドドーと走り出し、弓矢の如き武器を構えている。話している言葉が日本語ではない。それに対峙するは、騎乗の武士。怒濤の如く地面を蹴散らし、きっとした鋭い目が、空気を突き刺す。
「とりゃあ、それがしは、日本国肥後は竹崎季長(すえなが)と申す。いざ、正々堂々勝負されよ」
馬に乗った偉そうな男が、相手軍団に宣戦布告の口上を述べた。双方弓矢を振りかざし、突進した。見ると、騎乗の武士は、たったの五人だった。黒っぽい鎧・甲に身を固めている。対する相手は、各々赤や青や黄色の鎧・甲を纏い、馬に乗る者はわずかで多くは歩兵である。異国の人たちの様である。異国人は、七、八人のグループで纏まって騎馬五人衆と対峙している。すぐさま、異国の兵から弓矢が放たれた。矢の群れが飛び、鎧甲を着けたさむらいの馬の胴体に命中した。
「ヒヒーイン」
馬は痛々しい声を上げてよろめき、逞しい躰からは鮮血が吹き上がった。武将は、「なんのこれしき。我が弓矢の威力を見よ」と言って異国兵に矢を放った。異国兵の目の所に矢が当たり、鮮血が吹き上がるのが見えた。「あっ」と若菜は思わず声をあげた。ぶるぶるぶると全身が震え出す智恵美。他の武士達はひるんだ異国兵に斬り付けた。異国の兵数人が、無惨にも倒れた。二人は目をつぶった・・・
次の瞬間、バババーンともの凄い破裂音が空いっぱいに鳴り響いた。二人が目を開けると、
「うっくく。うえええ」 「ヒヒヒヒーン」
人のうめき声と馬の痛みあがる声・・・三人の武士の馬が吹き飛んだ。球体の爆弾のような物が炸裂したのだ。武士たちは馬からばたりと落ち、傷口を押さえた。尚も刀を振りかざし、異国兵に斬りかかろうとするが、力が入らず思うように体が動かない様子である。斬られた人の肩や足から赤い血が流れ出ている。絶体絶命の大ピンチ。
「退避、退避せよー」と武将が叫んだ。斬られた三人が、もう一人と共に足を引きずりながら砂浜を走ろうとする。
「おのれー、此処まで来て・・・」「元軍のやつら、卑怯な物を使いおった・・・」
悔し気に小高い丘めがけて逃げてゆく。だが、異国兵は、すぐに追いかけ始めた。
「ああーっ、追いつかれる。あやうし」
「これが、戦というものか、あっ早く、早く逃げて・・・」
二人は体の震えを気にする間もなく、小声で応援を始めた。五人の武士達は、木々の間に身を潜めるが、あっという間に追いつかれてしまった。
「あの人たちの命も、これまでか・・・」 「ああ、気の毒に・・・」
若菜も智恵美もあきらめかけたその時、
「待てー、待て待て待てー」
いきなり大勢の騎馬軍が、雑木林から湧き出るように姿を現した。たちまち、異人の軍との乱戦となった。雑木林に潜んでいた大勢のさむらいたちは、馬上から異国兵に弓矢を放ち、五人の武士達は刀で応戦し、攻勢に出た。不意打ちを食らい、異国軍の中にひるんでいる人たちが見えた。たちまち、戦況は逆転した。異国の軍はかなりの犠牲者を出し、怪我人を放置したままその場から逃げ始めた。
勝負在りの模様である。若菜と智恵美は、ほっと胸をなで下ろした。
「季長(すえなが)殿、ご無事で御座るか」
「おお、通泰殿と兼重殿では御座らぬか。馳せ参じて頂き、誠にかたじけのう御座る」
後から来た武将と傷ついた武将が、互いを讃え合い、友情を魅せ付ける。
「武者ん良か~、カッコん良か~」
「すてきー、令和のひょろすけとは大違い。惚れる-」
智恵美と若菜は感動した。武将たちは、がっちり握手をした。異国の兵士達は海辺の方へ向かって行く。岩場にあるたくさんの船に乗り込んでいる様子が見える。勝った武将たちも、傷を負った仲閒を治すため、治療を始めた。
「はあーっ、戦いは終わったようね。人殺しだよ、あれは」
「恐い、恐い・・・戦といえばカッコいいけど、血が吹き出る殺し合いさ」
「ねえ、若菜、戦国時代に、外国の人との戦いって在ったっけ?」
「そんなことより、家を探そう。農民ならばきっと助けてくださるはず」
「うん、そう思う。家を探そう」
若菜は智恵美の手を握りしめ、歩き始めた。

 

 

                    今回も最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

         また、続きを掲載致しますので、

         お楽しみに・・・・

         では、良き眠りを・・・・                                    生田魅音