みなさま、御仕事御苦労様です。年末、ラストスパート!!

 

面白い小説の冒頭部分を掲載致しました。

読んでくださると、幸いの存じます

 

 春秋に富む二人の若き乙女の姿よ。真白のホールに映り込み、美しく際立つ。テーブルに置かれたハナミズキの花。ピンクの瑞々しさに負けない素肌。黄色の花柄のワンピースには、笑顔がはじけ舞う。笑い声の賑やかさののち、やがて語られる懐かしくもの悲しい思い出の数々。乙女らは、いずれ時代を背負い、苦難の道を突き進むのか。それでも、若さは最大の武器である。三月吉日。農大の送別会が開催された。キャンパスを去りゆく先輩方。涙を流して見送る後輩たち。共に学んだ日々が、回想される。御世話になった教授の挨拶終了後、お決まりの乾杯の御発声が、四年次の幹事であるイケメンから発せられた。
「皆様方のご健康とますますの御発展を祈念して、かんぱーい」
と全員起立の上、麦酒をなみなみと注いだグラスを合わせる。カチーン。卒業生の門出を祝福して「おめでとうございます」が繰り広げられた。
 酔いが回ると、あとは無礼講である。飲酒できる喜びとは、これ即ちひとときの開放感なり。慶事にかこつけ健康を祈念して、杯を傾け合うのだが、飲む歓びなるものを知った暁には、底なしとなってしまう。泥酔が健康を祝す??適度にしか飲まない輩がこの中に居るか??待ったなし、主菜たるポテトフライと枝豆をつまみに飲みまくる面々。談笑在り飲み食い在りで、盛り上がる会場。本物に迫るため本気で行動し本音で語る時、人は酒に頼る。将来の我が国の農業発展に意欲を燃やす若者が、教授・助教を捕まえて説教を垂れている。誠に蒸留酒や醸造酒の力は偉大である。さらに、いける口の智恵美と若菜には、今宵に賭ける想いがあったのだ。
「美味しい日本酒在りませんか」
と智恵美がカウンターに伺うと、
「御座いますよ。本日は『花の香』『千代の園』『亀萬』『れいざん』が入っております。どれになさいますか」
と答えが返って来た。智恵美は少し迷ったが、
「これ、ください」
と指をさし注文した。智恵美は、通を気どって、箱酒にして貰った。
負けじと若菜は、焼酎をたしなむ。本日は、三酒制覇と意気込み、麦焼酎から、米焼酎、そして、芋焼酎と御湯割りで頂いて、球磨焼酎の古酒を注文する。卒業する先輩や同輩との会話は弾み、宴もたけなわの時分・・・此処までは良かったのだが・・・智恵美の告白が・・・好事魔多し。
若菜は嫌な予感はしていたが、案の状の展開に困惑を隠しきれない。始まりの乾杯の音頭を取ったイケメンに告白したは良いが、あっさりふられた智恵美。泣いて泣いて、散散飲んで酔い潰れ、床に転がる智恵美。
「あの野郎、馬鹿野郎・・・」 「私をフルなんて、百年早いんだよ・・・」
ひきつる顔で見守る参加者たち・・・凍てつく送別会場・・・それ故、場が沈んでしまった。若菜は智恵美を抱いて祝宴場の外の廊下に出た。
「農大ってダサいオトコばかりね・・・」
と若菜に向かってくだを巻く智恵美。傷心は破れかぶれを産み出し、破天荒は手足のばたばたを産み出す。介抱に尽力する若菜の横を、お目当ての陽太が通りかかる。しかし、陽太は、興味ない、関わりたくないという顔をして、トイレに入ってしまった。
・・・嗚呼、ついてない。せっかくのチャンスが・・・
若菜はがっかりした。陽太の表情からして、本日の告白は、インパール作戦のごとく無謀な闘いであると悟った。失意の若菜を知らない智恵美は、なお、くだを巻き、ゲロを吐き、泣き叫ぶ。若菜は仕方なく智恵美と一緒に帰ることにした。介抱しながら智恵美を家まで送って帰る。よろよろと千鳥足になりながら、大通りを抜けた辺りで、若菜は、生活費をごっそり入れた財布が見当たらないことに気づいた。
「しまった。何処で落としたのか・・・いやスラれた可能性もある」
重たい智恵美の身体を引きずりながら、顔をひきつらせ、来た道を辿り、必死に財布を探して廻った。だが、夜道で路地裏は暗いし、明るい繁華街の通りは滅法人が多い。めぼしい処を足を棒にして探したが、ついに財布はなかった。若菜は、最悪の気分だった。酔っぱらいの智恵美をタクシーに乗せ、運転手さんに頼んだ。そうして、自分は交番に行き、お巡りさんに財布がないことを通報した。
「あーあ、財布が交番に届けられるのを期待するしかないわ。全く、一難去ってまた一難、泣きっ面にスズメバチだわ」
 翌日の夕方、若菜は、昨日の交番に行ってみた。だが、現時点では、若菜の財布は届けられていないとのこと。「遺失物届けを出して下さい」とお巡りさんの御言葉。ペンを取り、書類を書いていると、交番の窓越しに、知らないおじさんが若菜のことをじろじろ見ている。見るからに助平そうで気持ちが悪い。
「あの男、不審者、否、痴漢かも知れない。ああ、もう嫌だ。無視・無視・無視」
と若菜は目をそらし、必要事項を用紙に記入していると、
「おい、若菜」
と声がする。痴漢であるはずのおじさんを間近で見ると、何と自分のお父さんではないか。
「えっ、お父さん。どうして此処に?」
と若菜はびっくりして言うと、お父さんは、
「お前、財布落としたってメールを寄越しただろ。心配して天草から飛んで来たんだ。アパートに行っても居ないから、GPS機能で此処だと分かったんだ」
と父は、娘想いの優しげな顔をして説明する。 愛情。 娘にとって父親とは、かけがえのない存在である。
「じゃあ、届けがありましたら、すぐにご連絡します」
とお巡りさんが言われて、若菜はお父さんと交番を後にした。
「お父さん、ごめんなさい。仕送りして貰った六万円、落としてしまって・・・」
「ああ、仕方がないことだよ。多分、財布は戻っては来ないだろう。お金は何とかするから、元気を出せ」
「本当にごめんなさい。これからは気をつけます」
と恐縮して父にあやまった。父が帰った次の日、若菜は、智恵美のアパートに怒りを持参した。悲惨な我が身の顛末を智恵美に認識させてやろうと、鬼の形相で乗り込んだ。
「ちょっとあんた、二日酔いが治ったって調子に乗っているけど、あんたを介抱するのにどれだけ苦労したか・・・おまけに私は、陽太に告白し損ねたんだからね」
「えへへへへ」
「何がえへへよ。挙げ句の果てには、生活費の入った財布を無くしてしまったんだからな。どう落とし前を付けるつもり」
「まあ、怒りなさんな。こうなったら苦肉の策よ。一緒に此処で住まない?今月の食費は私が出すからさ」
と智恵美が半笑いで返した。
「何が苦肉の策よ。あんたが酔って吐くし、陽太には無視されるし、大事な財布はなくすし、あたしはもう踏んだり蹴ったりだったんだから・・・もお」
「ごめん。でも、私だって、大紀にフラれて辛かったんだもん。だからもうあの日のことは忘れよう。忘れるために少し旅をしよう。お金のかからない旅を・・・」
「お金のかからない旅・・・ははーい、分かりました。金峰山に行きたいのね」
「そう、山に登れば、失恋の辛さも財布をなくしたイライラも吹き飛ぶよー」
若菜は、親友をこれ以上責める訳にも行かず、一緒に住もうという智恵美の提案を受け容れ、ばたばたと引っ越しを始めた。

 

(つづく・・・・こうご期待・・・)