先日の交通事故で、昨日明朝に亡くなったじいやんのことなど書いてみようと思います。
(私と弟は、祖父を「じいやん」と呼んでいる。妹は恥ずかしい?とかいって「じいやん」って言うのは卒業している・・・)
野菜作りが好きで畑に田んぼにと精力的だったじいやん。作ったものを人にあげるのも大好きで、よくばあちゃんに怒られながらも人にあげていた。こっそり荷造りしてバイクでしょっちゅう出かけていたのを思い出す。出かけて人に会うのが大好きだった。
人から「作った野菜を売ればいい」と言われたこともある。じいやんは「作って食べる分だけ、人が喜んでくれたらいい」と言い野菜を売ったりはしなかった。妹や私が結婚してからは私達の持って帰る分をたくさん作ってくれていた。
面倒見もよく色んな相談を聞いていたようだ。
じいやんを知っている友達は皆、「元気で可愛い」と言ってくれる。本当に可愛いくて人気者だった。
私も自慢のじいやんだった。友達以外の近所の人も、じいやんの知り合いも、若い人も年配の方も。
近所の人と話していても皆そう言ってくれた。「本当にいいじいやんだった」と。
孫には相当優しかったじいやん。
孫以外の、父にも父の妹(おばちゃん)にも聞いたが怒られた記憶が無いらしい。
昔、「子どもには三割叱って七割褒め」と教えてくれた。
小学校の頃は算数をよく教えてもらっていた。お風呂もじいやんと入るのがとっても楽しかった。
人の悪口や、ダメと言う言葉は聞いた事がない。
最近では耳が遠く、聞こえていない時は、うなずいて笑ってごまかしていた。天然ボケ??なのかよく笑わせてもらった。
生前、じいやんのよく言っていた口癖がある。
「何たろうに~!!」(訳すと「何てことはない」)
いつも相談するとそう言ってくれていた。最近では「家を建てる事をみんな反対する」って相談した時も「そのくらいの元気(甲斐性)があったほうがいい、何たろうに~!!!」って言ってくれた。土地も褒めてくれた「ミオにしては上出来!!」←ん??
いつもニコニコ、お茶目で可愛かった。だからあえて遺影もニコニコ顔を選んだ。泣いている私達を1人笑って慰めてもらっているようだ。
じいやんの血を受け継いだせいなのか、のん気で無鉄砲、思い立ったが吉日、結果オーライな私。
どうか天国で見守っていてください。
本当に大好きでした。たくさんの感謝をこめて、ありがとう。