「…ん」
どれくらいの間意識を失っていたのだろうか。
僕は少しずつはっきりしていく意識と視界から、周りの異変に気付く。
「ここは…どこだ?」
周りを見渡すと見たことも無い景色が広がっていた。
そしてすぐ傍にはユアンとスーザンが倒れていた。
「…!ユアン、スーザン!起きて!」
倒れている二人の身体を揺すりながら起こす。
二人は僕の声で少しずつ意識を取り戻し、のそりとそれぞれのタイミングで身体を起こした。
「ん…ここは一体…」
「…私達、確か鐘の塔で…」
「そう、スーザンが鐘を鳴らしたら地面が揺れて」
「そう!それだ!」
「一体何が起こったっていうの?」
「「………」」
僕とユアン、そしてスーザンは交互に顔を見合わせながら今の状況を理解しようと必死で脳内を整理した。
「何が起きているのかは分からないけど、とりあえずここは僕らがさっきいた場所とは別の場所であることだけは確かだよね」
「うん」
「そもそも、ここはサルエボなの?」
「分からない。僕の記憶ではこんな場所は知らないかな」
「私もよ」
「僕も。僕が居ない間に出来た場所なのかと思ったけど、そういう訳でもないんだね」
「ああ」
「ええ」
サルエボの街は範囲が狭い。
一日あれば全域を回れるくらいだ。
だから街の人口が多い割には、みんな顔を見れば大体どこの誰か分かるくらい狭い。
それは場所も同じである。
人気のない場所でも、サルエボであれば知らない場所なんてない。
けど、今居る場所はまるでどこなのか分からない。
「珍しいナァ」
「本当に始まるんだな」
「「「!!!!」」」
突然、どこからともなく声が聞こえた。
それも一人じゃない。
少なくとも二人。
「誰!?」
不意にスーザンが声を上げた。
「あー、悪ィ。上だ、上」
声に釣られるように僕達は上を見上げる。
「え…」
「嘘だろ…」
「……」
僕達は固まった。
目を見開き、口を開け、今見ている光景に思考が停止していた。
「まぁ、そうなるわな」
「クククッ」
黒い長髪の男が一人、銀髪で短髪のアシンメトリーな男が一人、そこに立っていた。
いや、正確には浮いていた。
「あなた達は、一体…」
やっとの事で出た言葉は、少し震えていた。
「俺達か?そうだな、後に分かる事だから少し話してやるか」
「それもそうだなァ。コイツ等の中から契約すヤツが出てくるかも知れねーし?」
「ああ」
契約?一体何の話だ?
よく分からない話をしている二人の様子を黙って伺っていると、銀髪の男がゆっくりと降りてきた。
「俺の名前はシリウスだ。そしてコイツが…」
シリウスと名乗る男が、もう一人の男へ視線を移すと、その男も僕達の前へ降りてくる。
「カリウス。天使と悪魔の血が混じったレアな悪魔だ」
「それを自分で言うかね…」
シリウスという男は「やれやれ」というように首を横に振る。
「悪魔!?」
あまりにも現実味のない言葉だけど、ユアンは驚きを隠せずにいる。
「ああ。因みに俺は訳あって堕天使に成り下がった元天使だ」
さも当たり前のように告げていく二人に、正直異常さを覚えつつも、本当に悪魔と堕天使であるなら宙に浮いていたことは納得できる。
でも、何かの仕掛けがあって浮くことも、正直可能だと思う。
「その目、信用してないな」
「まー、人間は俺達の存在を信じてるクセに、実際目の前に現れると信じネェ。都合の良い生き物だからな」
「それは…」
違うとは言い切れない。
けど、本当にこの二人はあの悪魔と堕天使なのか?
どう見ても…。
「どう見ても、二人はそこら辺に居そうなお兄さんにしか見えないです」
そう、見えない。
「クククッ」
「ならこれを見たら信じるのか?」
そう言ったシリウスの声を合図に、二人の背中から大きな翼が現れた。
「!!」
「うそ……」
「っ…本物…!?」
僕達の反応を見て満足したような笑みをカリウスは浮かべた。
それと反対に、シリウスは表情をあまり変えずに僕達に声を掛けてくる。
「分かったか?俺達はそこら辺に居るお兄さんとやらではない」
「…そうだね、少なくともそんな羽を生やしたお兄さんは知らない、かな」
「意外と冷静なヤツだナァ」
シアンとスーザンは完全にパニックになって、口をパクパクさせている。
その反応とは対照的に、困惑しながらも取り乱すことなく居る僕に対して、カリウスは感心の声を漏らす。
「これでも割と驚いてるんだけどね。…二人が人間じゃないことはハッキリ分かったよ」
「…誤解が晴れたのは良いが、あまり時間がない。そこの二人、パニックの中悪いが話を戻して良いか?」
シリウスはまだ落ち着かないシアンとスーザンに視線を送ると、二人はおどおどしながらも少しずつ落ち着きを取り戻していった。
「ごめんなさい、あまりにも驚いちゃって」
「そうだよね、大丈夫、話してください」
一呼吸置いて、シリウスは語りだした。
「まず、お前達が気になっているこの場所だが、ここは堕落園と呼ばれている場所だ」
「選ばれたヤツしか入ることが許されない場所だナ」
「お前達は可哀想な事に選ばれた人間だ」
「ここへ来た以上、今日から三日以内にここの住人とケーヤクしないと、死ぬってコト」
「なっ!?」
突然の死の宣告に僕達は言葉を詰まらせた。
「契約すれば死ぬことは回避できる」
「…そろそろ時間だナ」
「ちょっ、時間って!?」
「お前達には選択肢がある。よく考えて決めろ。仮に俺達のどちらかと契約を交わしたいというなら名を呼べ。俺達はお前達を悪いようには使わない」
「俺にも天使の血が入っているからナ。それだけは約束してやるヨ」
二人の姿が、声が、どんどん遠のいていく。
待って、まだ聞きたいことがるんだ…。
それは声にならず僕は再び意識を失っていった。
「ン…ユ…ン…アン……ユアン!」
「ハッッ!!」
「良かった、目が覚めたわね」
「シアン、スーザン…。ごめん、なんか変な夢見てた…」
僕がそういうと、二人は暗い顔で顔を見合わせ、再び僕に視線を戻した。
「その夢、たぶん僕達も見てる」
「シリウスとカリウスっていう堕天使と悪魔が出て来なかった?」
「え…」
僕の反応を見て一気に空気は重くなっていく。
さっき見ていた夢は、夢ではないという事?
あの二人は、あの堕天使と悪魔に、僕達は本当に会ったのか?
何が何だか分からなくなってきた。