mioginoのメモ
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はじめにまず、お礼を申し上げます。どうもありがとう、エレイン。あなたの家族(を守る)サービスと犠牲に感謝しています。そして、私たちはもう貴女に足を向けては眠れませんね。

ファーストレディとして過去数年間、私はこの国の全土を旅するに際して、並外れた特権を持っていました。

私が行く先々で出会った人々の中に、私が聞いた話のそこかしこに、私は至高のアメリカンスピリットを見出しました。

私は、人々が私と私の家族とりわけ私の娘たちに示してくださった信じられないほどの優しさと暖かさの中にそれを見出しました。

私は、倒産寸前の学区で無給で教え続けることを誓った教師にそれを見出しました。

私は一片の通知でヒーローになる人々、すなわち他人を救うために危地に飛び込む人々、消火のために国の隅々に飛ぶ人々、浸水した街を救済する人々にそれを見出しました。

そして、私は制服を着た男女、私たちの誇る軍関係者仲間にもそれを見出しました。もう再び歩くことはできないばかりでなく、走ることもマラソンもできない負傷した兵士の中にも。アフガニスタンで爆弾に目をやられて盲目となった若い兵士の中にも。彼は私にこう言ったんです。「僕はいままで行なって来たこと、そしていま僕が行っていることをする機会が与えられるのなら、100回でも僕の目を差し出すと思います。」って。

毎日、私が逢った人々は私を触発してくれました。毎日、彼らは私に誇らしい気持ちにさせてくれました。毎日、地球上で最も偉大な国に住んでいる私たちが、どれほど祝福された存在であるかを思い出させてくれました。

皆さんのファーストレディとして働くことは名誉であり、特権でもります。しかし、4年前に私たちが初めて一緒になったときに戻って、私はこの旅がまだ始まったばかりであるという想いを持ち続けています。

それは私はこの国についての私の夫のビジョンを深く信じていたからでもあり、そして、私は彼が並外れた大統領になるだろうと確信したからでもり、そしてどんな母親でもそうでしょうけど、私は彼がそのチャンスを得た場合、それが私たちの娘たちのために何を意味するかを気に掛けていたからです。

どのようにしたら私たちは国家のスポットライトの眩さの下で娘たちの足元を固め続けられるでしょうか?

どのようにしたら、娘たちは自分の学校、自分の友人、そして自分の知るたった一つの家から根こそぎにされないと感じ得るのでしょうか?

ワシントンに移動する前に私たちの生活は、.シンプルな喜びに満たされていました。土曜日にはサッカーの試合、日曜日にはおばあちゃんの家、私とバラクのデートの夜は夕食や映画のどちらか、、、疲れ果てた母親の常として私は両立なんか出来なかったのです。

そして、本音を言えば、私は私たちの娘のために打ち立てた人生を愛していたので、そして私は深く私がその人生を賭けた男を愛していたので、彼が大統領になったとしてもそれを変えるのは望まなかったのです。

私はあるがままのバラクを愛していたのです。

皆さんは、こう思うでしょうね。とはいえ当時、バラクは上院議員であり大統領候補であったと。でも私にとっては、とても錆びが出ていたので助手席側のドアの穴に通して実際に歩道を見ることができたような車で私たちのデートのために私を拾ってくれる男でした。私にとっては、彼は、ごみ箱に見つけたコーヒーテーブルが最高の自慢の男で、その唯一のまともなペアの靴が半サイズ小さすぎた男でした。

しかし、オバマが彼の家族について私に話し始めたときに、その価値観と躾がまるで私のようで、意気投合できるということがわかったのです。

皆さんは、バラクと私がお金や物質的な所有物の両面で多くを持たなかったけれど、はるかにそれより貴重な何かを与えてくれた家族によって育てられたことをご存じですよね。彼らの無条件の愛、彼らの揺るぎない犠牲、そして自分自身のためには想像もしなかった場所に行かせてくれたこと。

父は市の水道局のポンプ・オペレーターでしたが、弟と私が幼かった頃に彼は多発性硬化症と診断されました。

さらに私は子供だったけど、彼がほとんど毎日苦痛に苛まれていたこと知っていたし、多くの朝、単にベッドから出るために彼がもがいていたことを知っていました。

しかし毎朝、私は父が笑顔で目を覚まし、歩行器をつかみ、洗面所まで自分自身を支えて行き、ゆっくりとひげを剃り、彼のユニフォームのボタンを止めるのを見ていました。

そして、彼は長い一日の仕事の後に帰宅するときに、私の弟と私は私たちの小さなアパートに階段の上に立って、父親がやっとのことで片足ずつ持ち上げながら歩み、そしてゆっくりと階段を登るのを見つめながら、私たちが抱きついて出迎えるその瞬間を辛抱強く待っていたものです。

しかし、これらの困難にもかかわらず、私の父はめったに仕事を休むことはありませんでした。父と私の母は彼らにとって夢でしかなかった種類の教育を私と弟に与えると決めたのです。

そして、ほぼすべての授業料を学生ローンや助成金でまかなう形で私の弟と私は最終的に大学に入ることができたのです。

でも、私の父はさらに授業料のわずかな部分なりとも彼自身の財布から支払わなければ気がすまなかった。

毎学期、彼はローンの支払いがショートしないように、必ず期日内に支払うことを決めていたのです。

彼は、大学に彼の子供をやれたことをとても誇りに思っていたから、彼の小切手が遅れたがために私たちの授業登録の締め切りを逃すなんて耐えられなかったのです。

お分かりのように、私の父にとっては、それが男というものでした。

私たちの多くがそうであったように、それは彼の人生の成功の尺度であったのです。彼の家族を養うのに十分なまともな生活費を稼ぐことができるということ自体が。

私はバラクを知るにつれて、彼が様々な国で育ったにも関わらず、彼は私とまったく同じように育てられたであろうことに気づきました。

バラクは、請求書の支払いに苦労したシングルマザーによって、さらに彼女が助けを必要としたときに手を差し伸べた祖父母によって育てられました。

オバマの祖母は、地方銀行で秘書として仕事を始め、瞬く間に出世の階段を登り、往時の非常に多くの女性のようにガラスの天井に突き当たりました。

何年もの間、バラクの家族が食うや食わずでいる間に、彼女よりも出来の悪い男性や彼女よりも実際に熟練度の低い男性が、彼女を追い越して昇進の階段を登り、彼女より多くのお金を稼いでいたのです。

しかし、毎日毎日、彼女はバスに乗るために夜明けに目覚め、誰よりも早く仕事場に到着し、不満をいわず後悔をせずに、彼女のベストを尽くしました。

そして彼女はしばしばバラクに言ったものです「バラク、あなたたち子供が元気でいることが、本当に大事なことなのよ」と。

非常に多くのアメリカ人の家族と同様に、私たち家族は多くを求めることは無かったのです。

彼らは他人の成功を妬んだり、彼らよりはるかに多くを持っていることを羨ましがったりはしませんでした。本当のところ、彼らはそれを賞賛さえしたのです。

彼らは、一生懸命働き、やるべきと信ずるところを行えば、たとえ富貴の生まれでなくとも、あなた自身がまともな生活を築くことができ、子や孫のためによりよい生活がもたらされるという根源的なアメリカのプロミスを信じていたのです。

それが彼らが私たちを育てたやり方だし、私たちが彼らの例から学んだことです。

私たちは、とれだけ得たかよりどれだけ頑張ったかということが重要だとか、自分が抜きん出たかどうかより他人を助けたことがより意味があるということから、尊厳と品位について学んだのではないでしょうか。

私たちは、インチキをしないこと、自分勝手なルールで戦ったりしないこと、そして正攻法で稼ぐことをしない限り成功とはカウントされないということ、すなわち真実こそが大事だということから、正直さと誠実さを学んだのではないでしょうか。

私たちに影響を与えた先生から私たちの学校を清潔に保ってくれた掃除夫に至るまで多くの人たちの手に支えられて私たちの成功があるだということ、私たちがすべての人の貢献を価値あるものとみなし、尊敬をもって遇せられるべきだと教えられたことなどから、感謝と謙虚について学んだのではないでしょうか。

これらは、バラクや私、そして皆さんの多くが子供たちに伝えしようとしている価値そのものではないのですか。

これらが私たち、そのものなのですよ。

そして4年前に皆さんの前に立ちながら、私はオバマが大統領になった暁にはそのいずれをも変えたくないと思う私がいたのです。

さて、今日、非常に多くの苦闘と勝利、そして私が想像もしなかったかもしれなかった方法で私の夫に試練をもたらした日々の後、大統領であることによって人格が変わることなど無く、むしろそのことでそのヒトの真実が現れることを間近に見てきました。

大統領でいることが実際にどのように見えるかを、私が間近で親しく見つめる機会があったことは分かっていただけますね。

私は大統領の机に投げられる問題は常に難題であることを見てきました。データや数字のほとんどない問題が正しい答えを彼に要求します。求められる判断はリスクが非常に高く、間違いは許されません。

そして大統領として、あらゆる種類の人々からあらゆる種類の助言が得られます。

しかし結局のところ一日の終わりに、その決断をする時が来るとき、大統領としてあなたを導くために持っているのは、あなた自身の価値観、あなた自身のヴィジョン、そしてあなたをあなたたらしめた人生経験なのです。

だから、私たちの経済を再構築しようとするときには、バラクは私の父や彼の祖母のような人々のことを考えているのです。

彼はハードな一日の仕事がもたらす誇りについて考えているのです。

彼が女性が同一労働で同一賃金を得るのを助ける「リリー・レッドベター公平賃金法」に署名したのはそういう理由からです。

彼が勤労者世帯や中小企業のために税金を削減したり、自動車産業が自立できるよう戦ったのはそういう理由からです。

その上に家族を育てることができる仕事、ここアメリカでそのような仕事を作ること、それが彼が雇用の再創出を目指し崩壊の瀬戸際から私たちの経済を立て直した方法です。

私たちの家族の健康問題を考えるとき、医療保険制度の改革はいつか別の大統領に譲ってはどうかと彼にささやいたすべての人々に耳を傾けることをバラクは拒絶したのです。

それが政治的にイージーな方法であるかどうかを彼は気にしませんでした。それは、彼が育てられたやりかたではないから。彼はそれを行うことが正しいかどうかだけを気にかけていたのです。

彼は、ここアメリカでは私たちの祖父母は彼らの薬を買う余裕があるべきであり、私たちの子供たちは病気のときには医者に診てもらうことができるべきであり、そしてこの国では誰もが事故や病気のために破産するなどあってはならないと信じていたからこそそれを行ったのです。

そして彼は、女性達は私たちの体と健康管理についての私たち自身の選択を行うことができる以上の存在であると信じています。それは私の夫の信念です。

私たちの子供たちが受けるに値する教育をどう与えるかを考えるとき、バラクは、私や皆さんの多くのように、彼自身が財政援助なしでは大学に通い得なかったことを思い起こすのです。

そして信じていただけるかどうかわかりませんが、私たちが初めて結婚したときには、私たちの月々の学生ローンの返済額の合計はなんと私たちの住宅ローンよりも高かったのです。

私たちは、とても若く、チョー愛し合っていて、すごい借金漬けでした。

それが、バラクが学資援助を増やし金利を低く抑えるために懸命に戦ってきた理由です。なぜなら彼はすべての若い人々に自分の約束を果たし、借金の山を作らせずに大学に通うことができるようにしたいのです。

だから究極には、バラクにとっては、これらの問題は政治的問題ではなく自分自身の問題でもあるのです。

バラクは、家族が苦労する時とはどういう意味かを知っているのです。

彼は、あなたの子供や孫たちのためにもっと何かを残したいとはどういう意味かを知っているのです。

バラクはアメリカン•ドリームとは何かを知っているのです。彼自身がそれを生きているからです。彼はこの国では、私たちが誰であるかにかかわらず、出自にかかわらず、どのように見えるかにかかわらず、誰を好きかにもかかわらず、誰もが彼と同じ機会を持つことを望んでいます。

そして、彼は、あなたが一生懸命に働き、行いが良く、チャンスの扉を通って歩くならば、あなたの背後でそれをわざと閉じたりはしないし、あなたが戻って、あなたに成功をもたらした機会を他の人々にも与えようとするであろうことを信じているのです。

だからホワイトハウスにいることで私の夫が変わったかどうか人々が私に尋ねたならば、それは彼の性格、彼の信念、そして彼の精神から来ているのであって、バラク•オバマは私は何年も前に恋に落ちたあのヒトといまだに同じヒトであると嘘偽りなく断言することができます。

彼は、かつて高収入の仕事を断って、製鉄所が閉鎖されて苦しんでいた隣人たちのために働き、彼らのコミュニティを再建し、人々が再び働けるように戦うことからキャリアをスタートさせたのと同じヒトなのです。バラクにとっては成功とはどれくらいお金を儲けたかではなく、あなたが人々とどう違う生き方をしたかによるのです。

彼は、私たちの最初の娘たちが生まれたとき、誇らしげに私たちのすべての知人に披露しながらも、娘たちがちゃんと息をしていることを確認するために数分ごとに娘のゆりかごをチェックしていたのと同じヒトなのです。

ほぼ毎晩夕食のたびごとに私と私たちの娘たちのそばに座って根気よくニュースで報じられた問題についてかれらの質問に答えたり中学校の友情についての戦略を練っていたのが彼というヒトです。

深夜の静かなひとときに私が見る、あの机に覆いかぶさるようにして人々が彼に送った手紙を熟読しているのが彼というヒトです。

負債を支払うために苦労しているある父親からの手紙、保険が彼女の癌をカバーできないために死にかけている女性からの手紙、将来を嘱望されながらも機会を与えられない若い人からの手紙。。。

彼の目には憂慮が浮かび、彼の声に私は彼の断固たる決意を聞くのです。「ミシェル、これらの人々がこんな目にあっているなんて信じられない。正しいことじゃない。この問題を解決しつづけなくちゃ嘘だ。僕らはまだまだやるべき多くのことがあるんだ。」

私は戦いと希望と夢の私たちのコレクションがどのように積み重なっていくのかを知っています。私はそれがどのように毎日毎日バラク•オバマを駆り立ててゆくのかも知っています。

そして私はそれがありうるとは思いませんでしたが、今日この日、私は4年前のあの日よりも夫を愛していることを知りました。そしてあの私たちが最初に会った23年前よりもさらに。

彼がどのように始めたのかを彼自身が決して忘れないでいることが、私には嬉しいのです。
バラクがやろうと言っているコトは行うと信じられる私たちでいることが、私には嬉しいのです。それが難しい場合でも、それが難しい場合は特に。

バラクにとって「私たち」と「彼ら」のような区別がないこと、あなたが民主党支持者か共和党支持者かあるいはどちらでもないことなど気にしていないことが、私には嬉しいのです。彼は、私たちすべてが私たちの国を愛していることを知っているし、常に良いアイデアを聞く準備ができているし、常に彼が逢うすべての人の中からベリー・ベストを探しています。

そして、最も過酷な瞬間にすら、例えば私たちすべてが焦っているとき、法案が通過しないことを案じているとき、すべてが失われたように思えるときに、バラクが決しておしゃべりや雑音によって自分を見失うことがないのが、私には嬉しいのです。

彼の祖母のように、彼は忍耐と知恵と勇気と優雅さを持って、起床し、前進し続けることができるのです。

彼は私たちがここで長いゲームを戦っていることを思い出させます。変化は困難であり、変化は緩慢であり、一度にすべてが起こることはありません。

しかし、最終的に私たちはそこにたどり着くし、私たちは常にそうなのです。

私の父のような人々、バラクの祖母のような人々、すなわち「私は私の夢をかなえるチャンスがないかもしれませんが、多分私の子供たちが、さもなくば多分私の孫が叶えてくれるでしょう」と自分に言い聞かせた人々が存在したがゆえに、私たちはそこにたどり着くのです。

私たちの多くは、彼らの犠牲、憧れ、そして不変の愛の結果、今夜ここに集っています。何度も何度も、彼らは彼らなりの不安や疑問を飲み込んで困難を乗り切ったのです。

だから今日、私たちが直面する課題が圧倒的に見え始めた時、ひょっとしたら解決不可能に思われ始めた時、不可能を可能にしたことがこの国の歴史そのものであることを私たちは忘れないでいましょう。それは私たちがアメリカ人であることなのです。それは、この国が築かれた方法なのです。

もし私たちの両親や祖父母が私たちのために苦労し奮闘し、彼らが空中へ鋼の梁を持ち上げ、月に人類を送り、キーをたたいて世界を繋いできたのならば、私たちだってわが子や孫のために犠牲と構築を続けることができるでしょう。

もし多くの勇敢な男性と女性が私たちの国の制服を着用し、私たちの最も基本的な権利のために命を犠牲にすることができたのならば、私たちだってこれらの権利を行使するために、この偉大な民主主義国の市民として私たちの義務を果たすことができるでしょう。すなわち私たちだって投票所に行き、選挙日に私たちの声を示すことができるでしょう。

もし農夫や鍛冶屋が帝国からの独立を勝ち取ることができたのなら、もし移民たちがより良い生活を求めてかつて知っていたすべてのものを置いて旅立つことができたのなら、もし女性が投票を求めたために刑務所に引っ立てられることに耐えられたのなら、もしある世代が不況を克服して復興を成し遂げられたのなら、もし若い説教師が彼の正義の夢を持って山頂に私たちを導けたのなら、もし誇りを持ったアメリカ人があるべき姿に戻り、大胆に愛する人と祭壇の前に立つならば、きっと、きっと私たちはすべての国民にその偉大なアメリカン•ドリームとしての公平な機会を与えることができるでしょう。

最後だからこそ、他の何にもまして言いたい、それはこの国の話ではないのでしょうか。その不屈の戦いに根ざした揺るぎない希望の物語は。

それは私の物語、そしてバラクの物語、そして多くのアメリカ人の話にもなりうる物語なのです。

そして、今宵今夜申し上げたすべてのことは、ファーストレディとしてだけではなく、妻としてだけではありません。

一日の終わりの、私の最も重要な肩書きは「ママ•イン•チーフ」(最高司令官ママ)なのです。

私の娘たちは今でも私の心のど真ん中にあり私の世界の中心です。

しかし、私は4年前にバラクと私が娘たちのために最善のことをやっているかどうか悩んだ気懸かりのどれひとつをも、今は持っていません。

なぜなら今日、もし本当に私の娘、すべての私たちの息子や娘のために、より良い世界を残すそうと望むなら、もし私たちがすべての私たちの子供たちに、彼らの夢と彼らの将来にふさわしい機会のための基盤を与えたいならば、もし私たちが彼らに無限の可能性の感覚、それはこのアメリカにおいてはもしあなたがそれのために喜んで働くなら常にそこにはより良い何かがあるという信念を与えたいと望むなら、私たちはかつてないほど働かなければなりません。そして私たちは再び一緒になって、この偉大な国を前に向かって動かし続けると信ずるに足る男、私の夫、私たちの大統領、バラク•オバマ大統領と共に立たなければなりません。

ありがとう、あなたに神の祝福を、そしてゴッド•ブレス•アメリカ。