同時に、右近はもう一つのことにも手を尽くしていた。蘭丸の捜索である。だが十日ほどの間に戻ってきた者たちは、皆同じように首を横に振るばかりであった。
「……まだ、分かりませぬ」
その報告を聞いた時、右近は申し訳なさそうにしていたが、私はただ静かに頷いた。あの蘭丸がそう簡単に命を落とすとも思えぬ。どこかで生きておる――そう信じておらねば、私は前へ進めぬ。
その中で忠興からの返書が届いた。右近がそれを読み、ゆっくりと私へ向き直る。
「御台様、忠興殿はお会いになると。ただ、御台様がご生存の旨は知らなかったようで、少し疑っておるようですな」
私はわずかに眉を上げた。
「そうか」
「まあ、私も玄以から書状を受け取ったときは半信半疑でございましたし、無理もないことでしょう。まさかあの本能寺の炎を潜り抜けておられたとは、思いもよりませなんだから。生存の知らせも受けておりませなんだゆえ」
忠興のところにもまだ知れてはおらなんだか。じゃが、秀吉は既に知っておるように思う。私が美弥達に会ったことは知らされてるはずじゃ。あそこには秀吉の間者らしき者がそこここに潜んでおったから。にも拘らず語らぬのは、秀吉自身が公にしたくないと思っておるという事であろう。私に会う前に、三法師を盾とした己の立ち位置を確固たるものにしてしまいたいという算段か。
「会う場所は丹後にございます」
「もしや、玉のおるところか」
「はい。御台様が玉殿に会いたいと申されましたことも伝えましたので」
「分かった」
私は頷いた。むしろ好都合である。人の多い城よりも、静かな地の方が話はしやすい。
旅立ちはその日のうちに決まった。私は支度を整え、屋敷の門前に立った。だが、ふと気付く。供の姿がない。いつもそばにおった、蘭丸がいないというのは何とも心もとないものよ。ほんの一瞬、胸の奥が空いたような感覚があったが、私はすぐにそれを押し殺した。
「まあよい。一人でも参れる」
そう言って歩き出そうとした時、背後から右近の声がかかった。
「御台様、お待ちくだされ」
振り向くと、右近が旅支度のまま立っている。
「何じゃ、その格好は」
「私も参ります」
私は思わず笑ってしまった。
「右近殿、供ならば要らぬ。私は一人でも困らぬぞ」
戦場を幾つもくぐった身である。道中の危険など今さら恐れるものでもない。だが右近は首を横に振った。
「それはなりませぬ。御台様を一人で旅に出すなど、私には出来ませぬ」
私は少し呆れて言った。
「私は囚人ではないぞ」
「ええ、存じております」
右近は柔らかく笑った。
「ですが、これは私の都合でもあるのです」
「都合?」
右近は少し肩をすくめた。
「私も、忠興殿に会いたいのです。今の世の流れを考えれば、細川殿と話しておくことは決して無駄ではありますまい」
なるほど、そう来たか。つまり私の護衛という名目を使って、政の話をしに行くつもりらしい。なかなか抜け目のない男である。まあ、そう言った方が私の負担がないという思惑もあるのであろうが。
「それに」
と右近は続けた。
「御台様が一人で旅をされれば、私の名が世間に笑われます。供もつけずに旅立たせたのかと」
「私が護衛はいらぬと申したであろう」
「なれど、先の道中でも危うい目に遭われた。それを知ってて一人で行かせるなど、言語道断。私目の面目が経ちませぬ。御台様は侍女でもなく、ましてやそこいらのはした女(め)とは違うのです」
私は思わず吹き出した。
「面子の話か」
「武将にとっては大事にございます」
その顔があまりに真面目なので、私はもう何も言えなくなった。
「……好きにせよ」
「ありがとうございます」
右近は深く頭を下げた。こうして私は右近と連れ立って、丹後へ向けて旅立った。
〈百玖什参へ続く〉
※こちらのお話しは史実に沿ってはいますが、不明な部分、定かでないところは多分に作者の創作(フィクション)が含まれますので、ご留意の上ご拝読いただけますようお願いします。
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