※2016年のSMAPの動きに触れています。あくまでも私個人の感じ方での表現ですので、ご了承ください。

「華麗なる逆襲/ユーモアしちゃうよ」、「Other side /愛が止まるまでは」のリリース。
毎週録画して観たスマスマ。
セブンイレブンとコラボしていたビストロ弁当。
図書館で借りて読んだ「開放区」。

SMAP SHOPに行きたかったけれど、時間とお金の都合で断念して。
クリスマスプレゼントに『SMAP AID』をお願いして。

当時中学1年生、少ないお小遣い、狭い行動範囲の中でSMAPを追いかけていました。
いま思えばささいなことですが、当時はそれが他の何より楽しくて、嬉しくて、幸せでした。

来たる2016年。
COUNT DOWN TVの年越しSPでSMAPを観て、サインボールいいなとか、「STAY」はずるいよ……とか。

お正月も終わり、学校が始まって数日経ったあの日。
2016年1月13日、水曜日。

朝起きると、母がスマホでニュースを見せてきました。

脳を揺らされたような、底のない世界に沈められたような。
お正月で浮ついた気持ちが、ぎゅうぎゅうに締め付けられました。

しかし、不思議と冷静さが頭を支配しました。
記事をしっかりと読めば、公式に発表があった訳ではないことが明確です。

不安で怖かった。
震えが止まらなかった。

それを隠そうと、無意識に口数が多くなりました。

違う。
信じられる情報源じゃない。

家族との会話でも、あーでもないこーでもないと語るワイドショーに対しても、そんな言葉をまくし立てました。
不安が大きい分、強い言葉を使ってしまっていました。

数日後、スマスマの生放送があり。
納得もできなかったけれど、SMAPがいるという事実にどこか安心しました。

SMAPを信じたい。
それがいちばんの思いでした。

1週間もすれば、表向きには騒動は収まり、ワイドショーはすっかり別の話題を取り上げて。

この1月時点の騒動で、私は自分の気持ちを、強く知りました。

SMAPが好きで、大切で、かけがえのないひとたち。
ただの「推し」ではなく、人生を間接的に支えてくれた「恩人」だったのです。

思っていたより長くなるので、今回はここまで。
次回、2016年8月の動きに触れます。