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SHD

 「私」の夢の話。
 夢は自由で、なんの束縛もない。
 親愛なる咲神遊亜様。
 そして立川レンゲ様。
 あなた方の教えてくれた世界は、今でも私の中に生きています。

 私には信じられなかった。
 ・・・夢? ・・・
 そんなことがあり得るのだろうか?
 あの体験は・・・
 夢だなんて言えるくらいに、儚いものだったのだろうか? ・・・
 私は覚えている。
 死体を運んだあの苦労。
 そして死体を捨てたあの暗黒の海の潮の香り。
 あの警部にもらった缶コーヒーの甘さまで。
 全て鮮明に覚えていた。
 あの全てが・・・
 夢? ・・・
 そんな私を尻目に、その男は、
 「さっさと飯の支度しろよ? 」
 そう言って姿を消した。
 そんな彼を、私は呆然と見送っていた。
 ・・・あれが・・・
 ・・・夢・・・
 それは残酷な現実だった。
 やっとこの現実の意味のなさに気がついたのに・・・
 そしてやっとこの悪夢の世界を終わらせることができたはずだったのに・・・
 それこそが夢なんて・・・
 すると突然、そばにある私のスマホが鳴りはじめた。
 その番号は・・・
 それで私が、呆然としたままそれを取って、
 「・・・はい・・・」
 すると、
 「俺だけど、今いいかな? 」
 それはあの日、私と一緒に、さっきの男の死体を捨てに行ってくれた男だった。
 ・・・こいつも・・・
 ・・・生きている・・・
 そんな当たり前が、私に重く圧し掛かって来た。
 「・・・今から、会えないかな? 」
 それはいつもの台詞。
 私は黙ったまま。
 どうして?
 どうしてみんな、私の世界に、勝手に干渉して来るのだろうか?
 私が一体、なにをしたの?!
 どうして私の世界を、壊そうとするの?!
 こんな現実が。
 今まで普通に続いて来た現実が。
 今の私には、残酷な世界だった。
 例えそれが夢であったとしても、一瞬でも自由な世界に触れた私にとっては、余りに残酷な世界。
 それで・・・
 「もしもーし? 」
 「・・・海・・・」
 無意識に、私はそう言っていた。すると、
 「え? 」
 「海・・・知ってる? ・・・岩場があって・・・高い崖がそばにあって・・・」
 私がいきなりそんなことを言い出して、明らかに彼は戸惑っていた。
 それはそうだろう。
 でもそれでも、私が答えてくれたのが嬉しかったのか、
 「・・・海・・・崖・・・・・・ああ・・・俺の故郷に、そんなトコあるよ! マジでそこから落ちたら、誰も助からないってくらいの!!! 」
 その言葉を聞いた瞬間、私の脳裏に、あの暗黒の海が、ありありと蘇った。
 潮の香りから。
 小波の音まで。
 ・・・・・・
 ・・・・・・
 それで、
 「・・・後で・・・電話する・・・」
 すると彼が、
 「え?! マジで?! 何時?!!! 俺、待ってるからっ!!! 」
 私はなにも言わずに電話を切ると、手のスマホを落として、そのままふらふらと歩き出した。
 そしてキッチンに行くと、その戸棚から包丁を取り出して、そしてリビングに向かう。
 そんな私には、確かに感じられていた。
 あの暗黒の海の、小波の音が。
 そして潮の香りが。
 その男は、ソファーにかけて、テレビを観ていた。それで私がその男の後ろから近付くと、
 「できたのか? 」
 そう言って振り返った男の顔が、一瞬、驚愕に歪んでいた。
 私は、両手で逆手に持った包丁を、そんな男に振り下ろす。
 いくら私みたいな女でも、不意をついた一撃で、重傷を与えるくらいわけはない。それで血を流し、激痛にうめいているその男に向かって、私は何度も何度も包丁を突き刺した。
 辺りにたちこめる血の匂い。
 床がソファーが。
 そしてその男が、赤く染まって行く。
 そして何度か包丁を刺すと、男はソファーから転がり落ちて、動かなくなった。
 ・・・・・・
 ・・・・・・
 私は包丁を落として、大きく息を吐いた。
 ・・・・・・
 ・・・・・・
 真っ赤に染まった、私の手。
 少しだけ、違った・・・
 あの夢で起こった、この男の死は、あくまでも偶然だった。
 包丁で刺したわけじゃない。
 でも今は違う。
 少しだけ違うけど、でもあの夢に少しは近づいていた。
 ・・・これが・・・
 ・・・私の現実・・・
 それで私は、さっきの部屋にとって返すと、スマホを手にしていた。
 ・・・ほんの少しだけ違うけど・・・
 ・・・私は、確実に・・・
 ・・・あの夢に近づいている・・・
 ・・・私の本当の、現実に・・・
 それだけはわかっていた。
 それこそが私の現実。
 今までのこんな世界こそが、私にとってはたった数日間の悪夢に過ぎなかったのだ・・・
 それで私は、着信履歴の中からさっきの男の番号を表示させる。
 とにかく戻ろう・・・
 あの時間まで・・・
 邪魔な男たちを消して、私が私になれたあの時間まで・・・
 なにも恐れることはなかった。
 こっちが夢で。
 あっちが現実。
 ならば私は必ず、あの現実に戻れるのだ・・・
 どんな夢でも、必ず覚めるのだから・・・
 そう思いながらスマホを耳に当てた私には、はっきりと聞こえていた。
 あの暗黒の海の潮の音が。
 大丈夫。
 あの暗黒の海は、全てを受け入れてくれる・・・
 だから大丈夫・・・
 さあ、今度こそ私を取り戻そう・・・
 そう思って私は、通話ボタンを押していた。


 FIN