11日に震災が起きてから
24日の夜に無事宮城の自宅に帰って来れました



その間ずっとお世話になりましたママさん達皆様

無事に帰ってこれたのも、力を貰えたのも、皆様のおかげです


本当にありがとうございました







24日、地元に帰って来る途中
11日の朝に見た景色は何一つ残っていませんでした



暗闇でも分かる程の一面瓦礫の山で



途中、瓦礫により通れない道もあり




一瞬にして何もかも全てを飲み込んでしまった津波

こんなにも巨大な津波が来るなんて誰も思わなかった





分かってはいたけど
実際に見る景色はとても残酷でした





本当に全てが一変してしまいました






しかし、そんな中で毎日朝から晩まで自衛隊の方々が、必死に山のような途方もない量の瓦礫をよけてくれたり、手作業でまだ見つからないたくさんの行方不明の方々の捜索をしてくれたり、物資を届けてくれたりしています


こちらの地域では名古屋の自衛隊の方々が来て下さっているようです


3月下旬とは言えまだまだ東北は寒く、外での作業は大変なのに

本当に感謝の気持ちでいっぱいです






駅も線路も車も流され原発も今だ予断を許さぬ状況でまだしばらくは身動きが取れない状態ですが、
自分も早く社会復帰が出来るように頑張りたいです
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宮城の地元にいる弟から送られてきた、近所の風景です

津波に流され本当に何もありません





地震発生日以来、眠ると必ずいつも通りの地元の景色が夢に出てきます



まだこれを実際に目の当たりに出来ていない自分はこれが現実なんだと信じたくない気持ちがあるんだと思います



しかしこのようなライフラインが不十分な中でも避難所などでみんな必死に生活をしている



家に帰れないと言う自分なんかとは比べ物にならない程に大変で辛くて苦しい思いをして今だ救出されずにいる人もたくさんいる



そんな中で自分はお家に泊まらせて頂き、温かい食事も頂けて電気もあるし布団もあるしずっと一緒にいてくれている友達もいる




多くの友達や知り合いから安否の連絡が来て
何か力になれる事があればと言って頂けて


本当に感謝してもしきれないです



被害の特に酷かった場所にいたずっと安否の不明だった友達からも、無事との連絡が来て

心の底から安心しました





やはり自分は宮城が大好きです

何もなくなってしまった今
何が出来るか



一個人では本当に小さな事からしか始められませんがそこからでも出来ることがあれば




復興までにはとても長い期間がかかってしまうと思います


それでもちょっとずつでも頑張って行きたいです



サンドの2人の掲げる東北魂健在です
11日に東京に来て
地震発生から今だ東京から宮城には帰れる状況ではありません


ずっと避難所にいましたがお友達から差し入れを頂いたり、今日は大変ありがたいことにお友達のお知り合いの方のお家に泊めさせて頂いております


避難所ではずっとTVで震災状況を見ていました

あまりの悲惨な状況に胸が痛むばかりでした




幸い家族とは連絡が取れましたが


帰れないことが辛い以上に地元も津波により壊滅状態と言う事を知り
いつも通っていた場所も見慣れた景色も駅も線路も全て波に飲まれ流されたようで

もう言葉も出ませんでした


駅前にとめていた自分の車もどこかに流されてしまったようです



今だ連絡が取れない県内の友達もおり、大変心配です



避難所などで無事であることを願うばかりです






早くまた元気な姿でみんなに会いたいです