この話になると必ず出てくる話は、記事でも触れてくれていますが、
『代わりに叩いてあげようか?』
という圧力。
現代においては自分の子供に対してであれ、体罰は許されないものとして認定されていますが、時代背景から考えて、自分の子供に「ある程度の」体罰を与えることについては理解できなくもないです。
しかし、他人の子供(しかも乳児や幼児)を鞭打つことができる神経がわかりません。
この点については当時も賛否両論だったそうですが、推進派は間違いなく人の心をなくした悪魔ですよね。(組織に悪魔にさせられたという表現の方がふさわしいのかもしれないが)
できればそんな奴等を見て、『怖い』とか『自分にはできない』と感じたのなら、そんなクソ宗教サッさと捨てて欲しかった、、、とは思う一方、もし、自分も70年代の親の立場ならそんなことしてた可能性があるのかと思うと非常に怖いです。自分の子供だけならともかく、自分が特権持ちだったとしたら「模範的になろう」と思いそんな悪魔の囁きを他の親にしていたかもしれない。どんな強迫観念にかられて『叩く』という行動にまで至ったのだろう…と考えたりします。単なる同調圧力でそこまでのことするかな?言われたとおりにしただけなのかな?ただ、やみくもにバシバシ叩くような人もいるとは思えません。健全な人間が抱くそうした『葛藤』『理性」を突き破らせてしまうその強迫観念…。ハルマゲ?神?楽園に行きたい一心?それとも目の前の研究司会者や長老、巡回監督が怖かったから???神さまを盾に取った脅迫なのかしれない。
でもよく考えたら70年代だから、ではないよな。ムチとは違うけど、例の『身元証明書』。あれだって、常に子供に持たせろ!って指示だったもんね。さすがに持たせまではさせませんでしたが、『いちお作成しておくか…』と思ってそうしていた時期があります。もちろん覚醒直後、すぐにビリビリに破り捨て、そんな「イザという時に宗教の為に見殺しにしてもやむを得ない」という趣旨の内容にサインをいれたことを深く後悔しましたが。でもそれと似ているのかもしれないね。
人の子供を平気で叩いたり、自分の子供の命と宗教を天秤にかけるようなことができる精神そのものがJWの裏の顔(=本質/正体)なのでしょうね。ただ、そうした人も怖いですが、それをやらせてしまう(=人の心をなくさせる)力があるってことは、やはりエホバ教は恐ろしいカルト宗教であることを証明しています。じゃあもし、組織が犯罪行動を推奨するようなことをしたら…きちんと信者たちは理性を働かせることができるのだろうか…STOP!NO!と言えるのだろうか…???とても心配です。