どーせ、私と、私の家族は、あなた達から見ると「弱い人」

なんでしょう。でも、だからと言って、上から目線で、笑顔で

寄って来たり、話しかけてきたりするの止めてもらえます?



今週の研究の感想です。  以上。


短すぎますね。(笑)




主題は、


あなたは人間の弱さについてエホバと同じ見方をしていますか

「体の中でほかより弱く見える肢体がかえって必要なのです」

-コリⅠ12:22


人間の弱さに関してエホバはどのような見方をしておられるのか、

私たちはどのように当てはめる事が出来るか?というのがテーマ

でした。なるほど、エホバの見方は素晴らしいものだと思いましたよ。

11節からのアロンに対する、そしてエリヤに対するエホバの方法が

論じられました。確かにそうですね、アロンなんて、金の子牛作って、

偶像崇拝に加担して、しかも言い訳までしたのに。


(p.26-12節)

しかしエホバは、アロンが悪い人ではなく、重大な過ちを犯した

のではないことを理解しておられました。アロンは、その時々の

状況や他の人の影響に屈して、正しい道から逸れてしまった

ようです。それでも間違いを指摘された時にはすぐにそれを認め、

エホバの裁きに従っています。エホバはアロンの信仰と悔い改め

に注目されました。


うん、凄いね、エホバって。普通なら、即処刑モノでしょうにね。


エリヤにも粋な計らいですよね。落ち込んで勇気を失ったエリヤ

に対して、‘まぁ、まずはこの焼き菓子食べなよ、水も置いておく

からさ!’ってみ使いを使わして強めたんだもんね。

普通なら、「お前、バアル支持者450人に勝ったくせに、王妃

1人にビビっちゃったの?バカじゃないの!?ちゃんとしろよ!」

って叱責するところですもんね。


わかりやすい例えもありました。


(p.25-9節)

バイク事故に遭った人が救急病院に運ばれてきたとしましょう。

救急スタッフは、まず事故原因を突き止めようとするでしょうか。

そうではありません。直ちに必要な医療措置を施します。同様に

仲間の兄弟姉妹が個人的な問題で弱っている時には、まず

霊的な援助を与える必要があります。


‘?’と思うところもありますが、ま、今回はスルーするとして、

それなりに言いたいことはわかる説明だと思います。

要は目の前にある人の最善を願って、まずは助ける、気遣い

ましょうってことですよね。指示を与えたり、叱責したり、反省させ

たり…その前にまずは助けてあげる、話を聞いてあげる、急いで

アドバイスを与えるようなことはしないでおきましょうね、ということ

が教訓です。


私たちは個人として、これからもエホバに倣って、他の人に接して

いくようにしましょう。


…で終れば、いい話なんですけどねぇ。いや、良い話だった

から、余計に残念な思いもたくさん出てくるんですよね。


じゃあ、そんな仲間を助けるべき立場にある人達の実情は

どうなんだ!?ってことを考えないわけにはいけません。


彼らはエホバの見方に合わせる点で模範的だと思いますか?

うん、各会衆の嘲弄は頑張ってるかもしれない。

じゃあ、我々の全てを牛耳っている上層部についてはどうだろう?

彼らの言葉や精神態度、それは全て、ものみの塔などの出版物

集会や大会のプログラムの中で、また嘲弄の教科書の中で、

そして第二教室の中で、聴聞会や審理委員会の中で反映される

わけです。その点を踏まえた上で、本当にエホバの見方に倣って

いるのか考えてみてください。


成員が罪を犯した時、そして油を塗ってもらおうと正直に長老に

近づいた兄弟姉妹はどうなりますか?淫行や姦淫ならほぼ一発

アウトです。しかも女性にはあまりにも酷い尋問攻撃、どこで

誰とどのような状況で、何をしたのか、どこまでしたのか、胸は

触ったのか、直接なのか、服の上からなのか、スカートの中に

手は入れられたのか……。そんな拷問のようなセクハラ尋問を

され、少しでも逆らったり、言い訳に聞こえてしまったりした時、

反省の色が見られない!と勝手に判断されたら、即排斥!

集団忌避という方法で人権を奪い、家族も心もズタズタに切り

裂いてしまうのが、常ではないでしょうか。


ではこれらの嘲弄達はエホバに倣っていると本当に言えま

すか?嘲弄達は実際には誰の指示に従っているんですか?

性急なアドバイス、決定、してませんか?

背教絡みだと疑われたら、不道徳より扱いが酷いですよね。

即排斥に向けて動き出すんじゃないですか?揚げ足をとる

ことに必死になるんじゃないですか?巧みな誘導尋問を

準備してるんじゃないんですか?!


実際には会衆内、いえ、JW世界で何が起こっていますか?

どうぞ、23ページの挿絵をご覧ください。

これが全てを物語っています。

こどもを連れて集会にきているひとり親に対するこの表情!

酷いですね!!演技とは思えません!リアルリアル!

遅刻していることがそんなに不快だったのでしょうか。

自分たちだって、色んな事を犠牲にしてやってきてるのに、

こいつらは、のうのうとしやがって!そんな思いでしょうか。

最近学んだように、遅刻をする人は、仲間の時間よりも自分

時間の方が大事と見ているというような印象を与えてるん

でしょうか?

恐らく、この夫婦は会衆の必要で入ってきた、開拓者の

嘲弄夫妻なのでしょう、もしかすると長老団の調整者かも

しれません。こんな奴が会衆のTOPだとしたらどうなるん

でしょうね?

それにしてもあまりにも自虐的な挿絵です。そして節の中

にも、会衆の実情を暴露していると思われる文面があります。


(p.24-3節)

今の世の中は競争社会であり、事あるごとに力と若さが

もてはやされます。思い通りにするためなら手段を選ばず

弱い人の気持ちなど意に介さない人も少なくありません。

私たちはそうした行動を大目にみることはないとしても、

しばしば助けを必要とする人たちについて、無意識のうちに

消極的な見方をしてしまうかもしれません。

会衆内でも同じです。


えっ!Σ(゚д゚;)会衆内でも同じです!?


これ、世の中は…と言ってるが、実は会衆内の事を言って

たんだ~。え!?そんな恥部をバラしていいんですか?

最近では地区大会の現代劇でも、自分たちの恥部を堂々と

晒してますよね。ブームなんですか?単なるドM?

それとも何かの裏メッセージ?そんなことさえ感じます。


少し話が逸れてしまいましたが…


【エホバの見方】 と 【上層部の見方】


そのあまりにも違いすぎる基準、行動に愕然としたわけです。

エホバの対応の仕方は本当に素晴らしいと思いました。


ではこの上層部についていって本当にいいのでしょうか?


思い出してください。イエス・キリストが地上に来られた時に

誰を糾弾したかを。そうです、書士やパリサイ人です。

今のWT&JWの流れをみた時にイエスは、「よくやった!

忠実な奴隷よ!」と本当に褒めるのでしょうか?それとも

「あなたたちは災いです!」と糾弾されるのでしょうか?


私は来たるべきその日を見守りたいと思いました。

そして自分が誰に従うべきか、真剣に考えようと思いました。

皆さんはどう思われましたか?



あと、最後に。

今日の資料、良いものだと思ったんですけど、この資料を

曲解する人が多いのではないかと思います。

たびたび言及された「弱い人」という表現について。

特権持ちはきっと勘違いします、間違いない!

自分たちが助けてやる、援助してやる、自分たちは清い清い!

いつものやつです。末端信者に対して、超上から目線で

接してくるかと思います。

今日以降、急に誰かが寄ってきて、何か褒めだしたりしたら

それは純粋な動機・愛ではないですよ!自分たちが清い!

と自覚するための道具にされているだけですよ!

だから普段接さない人がきたら要注意です。そのひとは

あなたの事を「弱い人」だと決めつけているのです。

本当に失礼極まりないですよね!

そういう意味で、この記事の最初に書いた点に繋がります。



本日の目だった点は以上です。