幕末剣客伝 津本陽 1991年
講談社文庫 1994年
明治5年旧暦3月はじめ、東海道浜松宿にふらりと立ち寄った士族は、おりから宿場で乱暴狼藉を働くごろつきたちを叩きのめした。元新選組隊士で、箱館の闘いの後降伏謹慎してその後罪を許され、静岡県の開墾に従事していたが、その暮らしに飽き、土地を人手に委ね、東京に出る途中の中島登(なかじまのぼり)の姿であった。
その場を見ていた、1人の男が、かつて中島が、会津若松の闘いで、九死に一生を救ってやった元幕臣の大島清慎(おおしませいしん)であった。
大島は怪我人のまま維新の時代を迎え、浜松で、訴訟書類の代書屋(現在の司法書士のようなもの)を開業し、繁栄していた。
かつての生命の恩人を偶然発見した大島の勧めによって、中島は大島の碁敵の魚屋魚惣の主半平の離れに借家暮らしの方々、浜松宿の用心棒的な頼みを引き受け、やがて宿場の顔役のようになって行き、やがて清水の次郎長と袂を分かった俠客小政一家と対立し、これを浜松から追い出すことにも成功する。
そしてやはり大島の勧めで、大々的に質屋を開業するが、順当な商売も束の間、番頭に横領されて質屋を廃業する。
魚惣の娘およねと恋仲になり、これを眼嫁にもらうが、一方で、新選組時代の仇筋の阿部十郎に生命を付け狙われることになる。
サムライの誇りを捨てない士族で、戊辰の戦場で幾多の実戦を潜り抜けて来た男が、新選組時代を述懐しながら新しい世を渡っていく様を新時代のアクションを交えて描く剣戟小説。
主人公の中島登は、天然理心流の遣い手として、近藤勇の信用が重く、密偵として諸国の事情を秘密裏に探っていた存在なので、正式に新選組に加盟したのは慶応年間であったが、以来新選組の戦闘にはすべて参加して、最後は五稜郭で降伏。降伏後はかつての戦友たちの遺影を姿絵にして残したことで知られる。
戦友姿絵より近藤勇
同じく土方歳三
中島登自画像
中島登古写真模写 みんつち画




