盲目の理髪師 ディクスン・カー 1934年 創元推理文庫 1962年
アメリカからイギリスへ航海する豪華客船クィーン・ビクトリア郷の中で、二つの奇妙な盗難事件が発生する。
ひとつはアメリカの若き外交官が、彼の政治家の伯父がによる世界を揺るがす大スキャンダルになりかねない馬鹿騒ぎの撮影フィルムを何物かに盗まれたのであり、また、宝石好きで人嫌いの貴族が所持しており、盗難予防のために船長に預けましたいたエメラルド加工の像が、盗まれたのである。
さらに引き続き奇怪な殺人事件が発生する。なくなった宝石が突然持ち主のもとに戻ったかと思うと、死体が消えたあとに、血まみれの剃刀が落ちていたりする。
被害者でもあり、加害者にもなってしまった外交官ウォーレンと、船内でショーを演じるはずの操り人形師フォータンブラの美しき姪のペギー、そして乗客の元船長であるヴァルヴイックと親しくなった推理小説家のヘンリー・モーガンも、酔っ払いたちが行き違いを繰り返すドタバタ劇に巻き込まれ、事件は一層の混乱を極めて行く。
イギリスのサザンプトン入港接岸を前に、先に上陸したモーガンは、旧知の名探偵フェル博士の自宅を訪ねて、この混乱に満ちた不思議な事件の全貌を語る。
話を聞いていたフェル博士はそこから犯行の経緯を推理し、犯人を突きとめる。
密室の王者と称せられるカーの作風の特色として、不可能犯罪、オカルト趣味、ファース(笑劇)趣味などが挙げられるが、この作品はその中でも特にファース味が強く、ディクスン名義を含めた彼の膨大な著作の中で一番笑いが詰まった作品かもしれない。まるで「ポリスアカデミー」か「黄金の銃を持つ男」を地で行くようなギャグのてんこ盛りで、スラップステック・コメディ(ドタバタ喜劇)そのものだが、そのドタバタの間に手掛かりが隠されている。
中盤の幕間場面で、フェル博士による8つの謎という形で事件を解く鍵が提示されるが、解決編で潤を追って説明されると、一つひとつ納得できる(納得するしかない)構成になっているが、本文中では連続するドタバタに気を取られて、そこに気がつく余地がない。
今回のフェル博士はいわゆる安楽椅子探偵(自分は事件現場に行かず、書斎で座ったまま推理するタイプの名探偵)に徹するが、そのことにより、探偵が船中にいたら、その場で深掘りすることで、より早い解決も見込まれただろうと思うと、カーの構成が見事だと思える。
乗客の中には胡散臭い連中も多いが、ある人物のアリバイを証言すると共に、ウォーレンたちに協力して、自分が怪しいと思う人間をぶん殴ってKOしてしまう「バーモンジーの恐怖というプロボクサーが一番好きだ❣️
殺人事件の被害者の扱いが軽すぎるのが、気になる点であり、派手すぎる騒動の割に事件全体も弱く、「盲目の理髪師」という意味深なタイトルも決して上手く生かされているとは思えないが、笑いながら楽しく読めたことだけは確かであった。
