子どもの頃、駅のホームや病院の待合室などに無造作に置かれていた琺瑯引きや陶器製の痰壺を覚えていますか?
実際にそこに痰を吐いてる人こそ見かけたことはありませんが、これ自体はけっこういろんな場所にあったと記憶しています。
実はこれは1901(明治37)年の内務省令(大臣の出す命令「肺結核予防ニ関スル件」で立法化されていたのです。
「学校・病院・製造所・船舶発着待合所・劇場、寄席・旅店其の他地方長官の指示スル場所ニハ適所箇所ニ唾壺(だこ)を配置セヨ」
さらに同年ロンドンで開催された「萬国結核会議」においても「痰壺の適当な使用法を支持せよ」という項目が採択され、当時不治の病とされており、大伯罹患者、死者を出した肺結核の予防措置として、世界的に推奨されていたのです。
それが大正8(1919)年の結核予防法制定に引き継がれましたが、戦後、ストレプトマイシンなどの特効薬の開発によって、罹患者並びに死者は激減し、昭和50年代には施設が新しくなって来たことによる衛生的な配慮で、順次姿を消して行きましたが、平成18年の結核予防法の廃止をもって、痰壺の役割も終焉を迎えました。

