65年の人生の間で、一番幸せだった時代は、京都の霊峰比叡山の懐、八瀬の地の予備校寮で過ごした浪人時代だったと言ったら不思議でしょうか?
もちろん、これも翌年無事に志望校に合格できたことを知っている今だから述懐できることかもしれませんが、『来年は合格できるんだろうか?』という、浪人生独特の焦燥感こそありましたが、それを補って余りある、刺激と驚きに満ちた日々でした。
生まれた土地も育った環境も、それまでの高校の時までとは全く違った仲間たちとの出会いと、彼らとの、切磋琢磨しているのか、馬鹿騒ぎをしているのかわからないような破天荒な生活の日々。
一応は人生で一番集中して勉強した期間であったことも間違いないはずでしたが、それ以上に初めて知る京都での生活と文化に触れた新鮮な感激も忘れることはできません。
何より、今と違って本当に健康でした。と、言いたいところですが、ちょうどいい時分、初めて洗礼を受ける梅雨の、身体からカビが生えそうな湿気の中で、私は左の掌に謎の水疱がたくさんでき、京大病院で診察を受けました。今考えると、掌蹠膿疱症(しょうせきのうほうしょう)だったのかもしれませんが、小さな水疱がやがて黄色い膿が溜まって痛みを発しました。
寮の風呂は2日に一回(1階と2階で毎日交代)で、隣室のヒラオカ君と一緒に入ることになっていましたが、約1ヶ月近く入浴することもできず、ようやく入浴再開となった時に、ヒラオカ君に背中を流してもらいましたが、笑っちゃうほど垢が出たことを覚えています。
入寮して2ヶ月に知らないうちに疲れが溜まっていたことと、やはり慣れない梅雨のせいで身体の免疫力が落ちたのだと思います。
原付バイクを持って来た何人かの仲間と嵐山まで行ったり、夜中に山を降りて吉野家まで牛丼を買いに行ったり、やはり夜中に食堂に忍び込み明朝の分のご飯を各々の丼に盗み取ったりと、騒動の種は尽きませんでした🤣
私は関西には知り合いはいませんでしたが、高校の同級生だったムラカミ君が、関西学院大学に現役で進学しましたので、一度京都に遊びに来て、平安神宮や岡崎動物園を案内しました。
私が通った予備校は、それらの並びにありましたので、当時はそこくらいしか案内できる場所がなかったのです。
そしてそこは5年後、OLさんになったヤッコをデートで案内した場所にもなりました😍
明日の「ブラタモリ」は平安神宮です。
今から楽しみです😊





