絞首台の謎 | われは河の子

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絞首台の謎 ディクスン・カー 1931年

      創元推理文庫 1976年


 ロンドンを訪れたパリの予審判事で名探偵の誉れ高いアンリ・バンコランと友人の私、ジェフ・マールは、バンコランの古い友人で、元スコットランドヤード(ロンドン警視庁)副総監のジョン・ラーダーボーン卿に迎えられ、歴史あるブラムストン・クラブに宿を取って四方山話に花を咲かせた。


 その席でラーダーボーン卿が、つい最近彼の若い友人が、ある霧の深い夜に、不思議な女と出会って意気投合して飲み歩いて、彼女を家まで送ってやったが、すぐにタクシーはいなくなってしまい、その女も姿を消してしまった。

 霧が深くて一寸先も見えずにどこを歩いているかもわからなくなっていた時に、頭の上に窓の明かりみたいな光線が見え、その中に大きな絞首台の影が写っていたのを見たというのだ。

 そしてそんな話をしている彼らの前のテーブルの上に精巧に作られた木製の絞首台が置かれているのも発見される。

 そしてジェフはクラブの上層階で、ネザム・エル・ムルクというやはりこのクラブに部屋を取っているエジプト人に出会う。彼はエル・ムルクが、正装して黒人運転手が運転するリムジーンに乗り込んでどこかへ行ってしまう所を見た。


 バンコランとジェフ、そしてジョン卿は芝居を見るために劇場に行き、そこでジョン卿と約束していたダーリングズという青年に紹介される。

 彼こそが謎の絞首台を見た本人であった。


 芝居がはねて、外に出た一行だったが、他の客にタクシーは取られてしまい、仕方なくクラブまで歩こうとすると、突然突っ込んで来た車があった。それはエル・ムルクが乗った緑色のリムジーンだった。

 そして何より彼らを驚かせたのは、運転手の黒人は喉を掻っ切られて死んでいるのであった。

 死人の運転するリムジーンは、霧が降るロンドンの街をめちゃくちゃに疾走した挙句に元のブラムストン・クラブの前に停まった。

 車内には不幸な運転手の死体の他には誰も乗ってはおらず、後部座席にエル・ムルクのステッキと手袋と、花(コサージュ)を入れた箱が置いてあった。

 ジョン卿が、管轄のヴァイン街署のタルボット警部を電話で呼び出して捜査に当たらせることになったが、その前に運転手の死体からは上着の金ボタンがすべて切り取られていたし、金糸の房飾りも同様に切り取られていた。また、模造宝石の指輪を無理に外そうとしたように指がほぼ切り離されようとされていた。現場に到着したタルボット警部は、今夜ヴァイン街署にタルボット警部宛に匿名の電話が掛かってきて、『エザム・エル・ムルクが今夜ルイネーション(破滅)街の絞首台で首吊りになる』と告げて切れたそうであった。

 しかし誰もロンドンにルイネーションという街があることを知っている者はいなかった。


 かくしてロンドンの存在しない街と、死体が運転する自動車の謎に加えて、行方不明になったエジプト人と、彼の情婦でダーリングズを嵌めたフランス美女のコレットが知る、10年前の決闘事件で死んだ青年と、犯人とされて投獄中に首を括って自殺した青年の話が語られる。

 エル・ムルクは首吊り役人ジャック・ケッチを名乗る謎の人物に脅迫されてきたことがムルクの秘書のグラフィンから語られる。

 鍵のかかったムルクの部屋のテーブルの上に木彫りの人形や、紐や本が知らないうちに置いてあったり、郵便で絞首台の模型や、ガラスの決闘用ピストルや、骨壷が送られて来たことに、ムルクは非常に怯えていたそうであり、情婦コレットもジャック・ケッチにつけ狙われて、隣家に住むシャロンに相談する。

 このシャロンはかつてパリの「夜歩く」の事件でジェフの愛人になった女性であった。シャロンから呼び出しを受けてジェフはコレットに会い、探偵を装い援助を約束するが、そのコレットもエル・ムルク同様姿を消してしまう。ジャック・ケッチに誘拐されたものと考えられた。


 霧深きロンドンの街に展開する怪奇と幻想の物語。ジョン卿、タルボット警部とともに捜査に当たるバンコランはこの奇怪な事件を解決することはできるのか?


 妖美(よみ)さんが絶賛されていたので本棚から取り出してみた本書は「密室の王者」ディクスン、カーの第二長編で、私は最初の大学受験の1980年春、明治大学を受験した後で神田神保町の古書店でこの本を買い、東京滞在中に読んだ記憶がありますが、バンコランものを読むのはこの時が初めてであり、物語の陰鬱な雰囲気と、バンコランの悪魔的名探偵ぶりが、それまで何作か読んだフェル博士ものの開けっぴろげなおおらかさや、ユーモアが感じられず、そんなに感銘を受けなかったので、以来46年間再読することがなかったが、その後カーの作品のほとんどを読み、また幾多の欧米ミステリを読んできて改めて再読すると、デビュー2作目のカーの大胆な伏線配置に驚嘆する。

 お得意の密室トリックはそれほど独創的なトリックではないし、終盤でバンコラン自身が誰と誰は犯人たり得ないと除外して行くので、そうすると消去法によって犯人の見当を付けることはできるが、カーとしてはともかく意外な犯人を設定したかったのだと思う。

 細かく伏線によって示唆されてはいるものの、あの人物の特性で、真犯人の操り人形が務まるかは極めて疑問であり、その人物が犯したミスによりバンコランに目星をつけられてしまう点にも弱さと犯人像に対する不快感を感じた。


 オカルト趣向はカーの作品の大きな特徴の一つではあるが、煩雑なエジプト学の必要性も疑問であった。

 しかしこの時代、先にデビューしたアガサ・クリスティは夫がエジプト学者であり、彼女自身にも「ナイル殺人事件」などがあり、また一方の雄エラリー・クイーンの国名シリーズにも「エジプト十字架の謎」があり、カー自身にも「アラビアンナイトの殺人」やディクスン名義での「青銅ランプの呪」があって、黄金期の巨匠たちのエジプトへののめり込みには何が事情があるのか不思議な気がする。

 ともかく46年ぶりに楽しいひと時を過ごすことができた。