赤毛のレドメイン家 イーデン・フィルポッツ
1922年 創元推理文庫 1970年
スコットランド・ヤード(ロンドン警視庁)の刑事マーク・ブランドンは、35歳にして、すでにいくつかの難事件を解決して、警部の地位も目前に約束されていた。そんな彼が疲れた身体を癒すために イギリス南東部のダートムア地方に休暇旅行と趣味のマス釣りを楽しんでいた。
彼は同時にそろそろ身を固めたいとの願望も持っていたが、そんな彼の前にある日の夕方、沈む西日を受けて輝くような鳶色の髪を持つ絶世の美女が現れ、それを目撃し、彼は一瞬でその人の虜になってしまったのである。
その頃彼の泊まる宿屋で、近くに隠棲生活を営んでいるマイケル・ペンディーンという男が、妻の叔父に当たるロバート・レドメインという男に殺害されたという噂を聞く。ロバート・レドメインは燃えるような赤毛と大きな赤い髭の持ち主で、マークは数日前に秘密のマス釣りの穴場で、その男に声をかけられていた経験があったが、自分は休暇中であるし、管轄外の地のことであるので、敢えて事件に首を突っ込むことはしなかったが、マイケルの妻であるジェニー・ペンディーンから、是非力を貸して欲しいという手紙を受け取り、とりあえず彼女を訪ねると、それはあの日夕暮れの中で見た鳶色の髪の美女だった。
そのことでマークは、事件と、ジェニーにのめり込んで行く。
ペンディーン夫妻が家を建てようとしていた石切場のそばに大量の流血の跡があり、人血だとその後確認されたが、マイケルの遺体の行方はわからなかった。
一方でロバート・レドメインが、自分のオートバイの後部座席に大きな荷物を積んで、ダートムアの各地を猛スピードで走り去る様子が何人もの目撃者により証言され、警察の捜査で、岬の兎の巣穴の中から、血管の付いた麻袋だけが発見される。レドメインも姿を消してしまった。
その後ジェニーはやはり叔父でロバートの兄の老船乗りのベンディゴ・レドメインの家に身を寄せることになる。
この叔父も、ロバート同様にかつてのマイケルとの結婚には反対した勢力だったが、そのマイケルが死んで、姪が未亡人になったらしいと知ると、彼女に愛情を注ぎ込むようになる。さらにベンディゴの家には彼の持つモーターボートの運転手として雇われているジュゼッペ・ドリアというギリシャ彫刻じみた美貌のイタリア男が住み込み、夫を失ったばかりのジェニーに色目を使う。
さらに行方不明になっていたはずのロバートが近辺に現れたのをジェニーが目撃し、改めてマークに助けを求める。マークは自分の心が躍っているのを感じながらも、ラテン系らしく陽気に派手に恋愛論を語るジュゼッペに嫉妬し憎悪の感を抱く。
やがてロバートはジェニーとジュゼッペを通じて兄のベンディゴに連絡を取り、会って匿って欲しい旨を告げたので、家の戸棚の中にマークを隠して、ロバートを誘き寄せようとしたが、なぜかロバートは現れず、逆に彼の指定する浜辺にベンディゴに来て欲しいと迎えに来たジュゼッペを通じて伝言する。
それに応えて弟との会見に臨んだベンディゴも、帰宅せず、マークやジェニーらが探しに行くと、目印のランプのそばに血痕があり、そこから山の上まで何か重い物を袋に入れて引きずった跡が残っており、ベンディゴもロバートの姿も再び消えていた。
さらにロンドンに戻ったマークは、ジェニーがジュゼッペと結婚した報告を得て、失意の淵に落ちるが、そのジェニーが今度は残された最後の叔父である書籍収集家のアルバート・レドメインを訪ねてイタリア・コモ湖畔の風光明媚な湖畔の家に滞在していることを知る。その家のそばでジェニーと一緒に蚕の餌となる桑の葉摘みをしていた女中がロバート・レドメインの姿を見たのだった。
すべてのレドメイン一族が死に絶えると彼らの父親、つまりジェニーの祖父がオーストラリアの農場で残した遺産がすべてジェニーの元に入らことから、またしてもアルバートが狙われていることを察知したジェニーは馴染みとなったマークと、アルバートの古い友人でアメリカの名探偵のピーター・ガンズに手紙を送り、来訪を要請した。なお、夫の死後わずか3ヶ月で再婚したジェニー・ドリアとその夫ジュゼッペの仲はその後半年で冷え切っていた。ジェニーは空を悪魔と罵っていた。
かくして米英ニ探偵と凶悪な悪人との息詰まる対決の幕が切って落とされる。
江戸川乱歩が世界ベストテン旧の傑作と絶賛した本作を、私は中学生の時にこの同じ本で読んでいるが、その時は陰惨な雰囲気とイメージ無重苦しさだけを感じてそんなに評価しなかったが、このミステリは同時に恋愛小説であり、風景描写小説でもあったのだが、本当の男女の恋愛を知らず、函館という一地方都市しか知らなかった中学生の時の感想と、還暦を超えた年齢で読むのとでは、自分の背負って来た人生感の違いで、その感想が大きく違った。
テンポの良い場面展開と、犯人側、探偵側それぞれに仕掛けるトリックの鮮やかさ、意外な犯人とそれを構成するドイトリックは、現在見るとそんなに目新しい物ではないが、本作が書かれたのは欧米ミステリ黄金期の4大巨匠「ヴァン・ダイン」「アガサ・クリスティー」「エラリー・クイーン」「ディクスン・カー」の登場以前の作品であることを考えると、田園小説作家として名を成したフィルポッツが60歳を過ぎてから挑んだミステリとしてはやはり相当高く評価すべきであろう。
しかもすごいのは乱歩はこれをおそらく原文で読んでいたことである。
私が感じた欠点を敢えて挙げれば、解決に至る道筋が、ピーター・ガンズの調査によって判明した事実に合わせて彼が構築した仮説によっていることで、これを知っているのはガンズだけだであり、読者はおろかマークにさえ教えられていなかったことで、後のクイーンやカーのような正統派が用いた、解決までにすべてのてがかりは読者の前に提示されていなければならないとという大原則には則っていないが、これはその書かれた時期を考えれば仕方がないことだとも思った。
さらに本当の解決というか犯罪の詳細は、捉えられた犯人の獄中で残した手記でしか語られないというところは少々野暮ったさを感じたが、その中でも最後の結末を読むと、勝者は単体ではなく犯人だったのではないかと思わせる手法は鮮やかでもあった。
近年創元推理文庫から新訳で出ているが、やはり埋もれさせ、忘れ去られるのには惜しい名作であると思った。
