ゴールデン・キール デズモンド・バグリイ
1963年 ハヤカワ文庫NV 昭和51年
イギリス人の造船技師のピーター・ハローラン(ハル)は、戦時中ドイツ軍の爆撃で実家の造船所と、両親・兄を亡くし、戦後当てもなく植民地だった南アフリカまでやってきて、偶然老いた独り者の造船所経営者に出会いそこで雇われる。
ハルの設計者としての腕はよく、メキメキと業績を上げ、10年の間に職工長になり、やがて共同経営者になり、元の持ち主の老人が亡くなるとその造船所は彼のものになり、さらに結婚して順風満帆の生活を送っていた。
そんな時に妻が、棚の上のブラキ缶の中に保管してあった古い新聞記事の切り抜きを見つける。
それは大戦末期に、イタリアの独裁者ムッソリーニの財宝と、機密文書の盗難事件に関与したとしてイタリアの共産党員が16名も逮捕されたというものだった。
財宝は、イタリア国立銀行から移送された金塊、ムッソリーニの個人資産、そしてエチオピア皇帝の王冠などであった。
妻にこれは何のことかと問われたハルは長い昔語りを始める。
南アフリカに来て間も無いころ、ハルはある時ケープタウンのスポーツクラブのバーで飲んでいて、ウォーカーという飲んだくれの青年に出会い、意気投合して尾羽打ち枯らした彼にどんどんブランデーを奢ったところ、泥酔した彼は自身の経験を語る。
ウォーカーによると、彼はイタリア降伏後にドイツ軍の収容所に囚われていたが、そこをアフリカ人のカーツ軍曹はじめ数名の仲間と脱走して、逃げる途中ドイツ兵に襲われて撃たれて脚を負傷する。
しかし何とかパルチザン(抵抗勢力)のキャンプに辿り着き、指揮を取るウーゴ・モンテペスカーリ伯爵の庇護下に置かれ、伯爵の幼い娘の少女に手当を受ける。
やがて傷が癒えたウォーカーたちは外人舞台として伯爵の軍に加わり、対ナチスのゲリラ活動に参加する。
特にカーツ軍曹の戦略と、戦闘能力は高く、彼らは重宝された。
ある時山中でドイツ軍の輸送トラックに遭遇し、これを殲滅させることに成功する。
トラックの中には厳重に梱包された木箱がいくつも納められていたが、それを開けてみると、莫大な量の金塊と、ダイヤモンドなどの宝石類、さらにはこれも膨大な量のリラや、ポンド紙幣もあった。その中には1940年にヒトラーがムッソリーニに贈呈した黄金のシガレット・ケースもあった。民衆によって虐殺されたムッソリーニの隠し財産をナチスが奪ってどこかに運ぶ途中だったのだ。
ウォーカーやカーツたちは、これを近くの廃坑となったトンネルの中に隠し、入り口をダイナマイトで爆破して塞いで、やがて掘り出せる日が来るのを待つことにした。かつて鉱山で働いたというカーツの経験と技術が役に立った。
しかしその直後に6人の仲間のうちウォーカーとカーツを除く4人が突然の不審な死を遂げる。
それがカーツによる犯行だと考えたウォーカーは恐ろしくなって再び脱走する。
金塊はカーツの推測では4トンはあるという。
へべれけに正体を失ったウォーカーは翌日ハルにその話をしたことも覚えていなかった。完全なアル中であった。
その後ウォーカーは少なからぬ遺産が入ることで、それを資金にイタリアへ金塊を掘り出しに行くことを計画してハルに片棒を担がせようとするが、新聞に共産主義者たちが財宝の件で逮捕されたことを知ると怖気付いてしばらく姿を消す。
そんな話を妻のジェーンにした後、2人はいろいろ黄金発掘の方法についてアイデアを出し合った。それは2人の間の知的なゲームのようなものだった。ジェーンが造船所の経理面を見てくれたおかげで商売は繁盛したが、そんな折にジェーンは酔っ払い運転の交通事故に巻き込まれて生命を落とす。
それにより抜け殻のようになってもはやケープタウンにも居たくなくなったハルの元に数年ぶりにウォーカーが現れる。
落魄しきった彼はしかし酒を飲ませると途端に意気軒昂となり、最近南アフリカのヨハネスブルクでカーツに会ったが、彼も未だに黄金への夢を諦められずにいることを告げた。
ハルは今こそジェーンと温めていた計画をこの気の弱く優柔不断なウォーカーを利用して実行することを思い立ち、ヨハネスブルクに飛ぶ。
ウォーカーが蛇蝎のように怖がるカーツと接触するためである。
カーツはウォーカーの自分を律することのできない弱い性格を見抜いており、彼を参加させることに反対するが、ハルは2人だけでは彼の計画に物理的に無理があると言ってそれを跳ねつける。
カーツがケープタウンまで来てハルの計画を聞くと、彼は掘り返した金塊を溶解してそれをヨットのキール(竜骨)に仕込んで地中海を渡り、モロッコのタンジールで換金する計画を打ち明ける。タンジールには金の自由市場があって合法的に取引できるのである。
つまり持ち出した金は密輸になるが、それを造船技師らしい独特の方法で解決しようとしたのだ。
しかし、タンジールは4月19日で金の取引が停止されるという時間的制限を受けることとなる。
それから3ヶ月を要してウォーカーとカーツに船乗りになるための特訓を施す。
カーツは軍人としては優秀で肉体的には頑健だが、船酔いするという欠点があった。
一方のウォーカーはどうしようもないチャランポラン人間だが、操船の才能があり、何より天性の嘘つきであり、それを人に簡単に信じ込ませることができることがわかる。
そしていよいよ3人は黄金を求めて船出する。
ハルたちは無事に黄金を回収できるのか?
傑作「高い砦」で、冒険小説というジャンルに金字塔を打ち立てたデズモンド・バグリイのデビュー作。
気が弱く嘘つきで、いつ誰に秘密を漏らすかもしれないアル中と、気が短く人の下に付くことを嫌い、かつて何人もの仲間を殺したと思われる軍人とのチームは、黄金の匂いに群がるハイエナのような連中や、謎の美女といった、冒険小説の王道をデビュー作にして踏襲している。
まだ戦争の記憶と混乱が色濃く残る地中海世界で、誰が敵で誰が味方かわからない緊迫感が読むものを惹きつける。
そしてこれも冒険小説の醍醐味である大自然との闘い。自身ヨットを趣味とするだけあって船と海の描写には説得力がある。
そこに絡むナチスとムッソリーニの秘宝。
ちょうどミラノ・コルティナオリンピックが開幕されたタイミングで読んだことで、ここにも緊張感があった。
