ホルン吹きアオキ | われは河の子

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 中学の吹奏楽部の同期だったキョーイチの発見以来当時のネタが止まりません。


 昨日同期の部長で、トランペッターであり、私と同じ高校に進学した親友のセイジとLINEのやり取りをしていて、やはり同期だったアオキの話になりました。


 彼は1stホルン奏者で(キョーイチがセカンドホルンだった)、ともかく個性的な、というか変人でした。

 セイジの話ではある時アオキは、「俺はレコードが読める」と言って、音楽準備室にあったレコードの溝を舐めるようにして見つめながら、♫ふーん、ふふん♪と、口ずさんでいたそうです🤣


  またある時私は函館市民会館のステージの袖で(私たちの吹奏楽部は、コンクール以外に結構市民の前で演奏する機会がありました)、アオキにいきなり「お前作曲家では誰が好きよ?」と問われ、「チャイコフスキー」と答えたら、間髪を容れずに「百姓!」と罵られました🤣

 そこで「じゃあお前は誰よ?」と訊くと「ベルリオーズ」という答え。「何で?」と重ねて尋ねると「フランスだから🇫🇷」という訳のわからない答えが返って来ました。


 現在でも人気店ですが、私たちの中学から徒歩10分ほどのところに函館の老舗パン屋の「キングベーク」があります。(キョーイチは今でもここにパンを買いに来ているそうです)

 やはり同級生だった女子生徒が現在では女将を務める餅屋から100メートルほどしか離れていません。

 ここはパン屋なのに当時レストランも併設しており、私たちは土曜日は午後からの練習を前に大抵連れ添ってここに昼食を摂りに行きました。


 ある時同期4人くらいでここを訪れた私たちは、メニューを渡され、お冷を運んできてくれた若いおねぇちゃん(すぐそばの女子高生のバイトだったのかも知れません)に、「何になさいますか?」と訊かれ、そこでアオキが仕切って、

「お前何にする?え、パーコー麺か!それでお前は?やっぱりパーコー麺だな?そしてお前もやっぱりパーコー麺で、俺もパーコー麺にしよう。」

「あのー、すいません、パーコー麺とパーコー麺とパーコー麺とパーコー麺をお願いします」と言ったら、揶揄われていると思った純情な女店員は泣き出してしまいました😭

 まぁからかっていたわけですし、今なら立派なカスハラです🤣


 そんな奇人変人だったアオキですが秀才で、私もセイジも落ちた函館ラ・サール高校に現役で進みました。(ラ・サールにはわれわれの1期先輩で部長だった、現在では循環器科医になっているアキタ先輩くらいしか行けませんでした)


 私がそのアオキと最後に会ったのは大学受験を控えた高校3年生の冬、函館中央病院向かいにあった「いわひば書店」という古書店で偶然会ったのです。

 受験勉強に追われて青息吐息の私(そのくせ本屋巡りだけは辞められなかった)に対して、すでに推薦で青山学院に合格が決まっていると言っていた彼は、余裕をぶちかましていました。


 先日、現在は東京に住まう青木にメールしたところ、両親が亡くなった後のコロナ禍で、函館にはもう何年も帰っていないということでしたし、彼は息子が吹奏楽部でサックス奏者だったので、はからずも音楽を追体験できて幸せな人生だったと述懐していました。

またいつか会えたらいいな、と元ホルン吹きの男は今ではホラしか吹けなくなった私に告げました。