赤後家の殺人 カーター・ディクスン 1935年 創元推理文庫 1960年
「いったい、部屋が人を殺せるものかね?」
旧知の大英博物館長のジョージ・アンストラザー卿にそのような不可解な質問を投げかけられた英語学者のテアレン博士はアンストラザー卿の誘いのままにその夜ロンドンの旧邸で行われる謎の会合に参加させられることになる。
そこは血塗られたフランス革命当時の死刑執行人一族の家で、150年間に4人の人間が謎の死を遂げ、現当主の祖父が死んだのを最後にいわくつきの部屋に封印をしてしまったのを、今夜トランプのくじ引きで一人を決め、その呪いの部屋で過ごしてみようという試みだった。
その部屋は一人で2時間以上過ごすと、必ず死んでしまうというもので、赤後家の異名を取るギロチンの間という名で呼ばれていた。
ジョージ卿とテアレン博士は立ち合い人としてくじ引きには参加しなかったが、当主とその弟、友人2人、そしてフランスから来た家具専門家がトランプを引いてベンダーという当主の友人で画家という男がその部屋に籠る。しかし籠っている間15分おきに部屋の外から誰かが声をかけて、ベンダーはそれに返事をして無事を知らせることにしていた。
やがて無事に2時間が過ぎ、その間ずっとベンダーの返事が聞こえていたにも関わらず、彼は遺体となって発見される。
やはり立ち合い人として参加していたヘンリー・メルヴィル(H.M)卿と、この家の娘の婚約者の医者の診断では、ベンダーは午後11時過ぎには死んでしたことになるが、彼の返事はその後も続いていた。
ベンダーの死因は南米土人の使うクラーレという毒であることが判明するが、この毒は飲んでも何も悪影響が無いのに関わらず、ベンダーには不審な外傷はなかった。(クラーレは冒険旅行好きな当主のマントリング卿が収集したものであった。)
さらに参加者、立ち合い人を含め屋敷にいた人物には全てアリバイがあった。
そこに当家の娘のジュディスと、婚約者の精神科医アーノルド博士が外での食事から帰宅したわけである。
ロンドン警視庁のマスターズ主任警部は赤後家の部屋を徹底的に操作するが機械的な毒のトリックはどこからも発見することができなかった。
やがて後家部屋で第二の殺人が起こる。
この家の歴史やオカルティズムに最も耽溺しており、最も犯人の容疑が濃いと思われていた当主の弟ガイが、後頭部を凶器で殴られて撲殺されていたのだ。
これでもかと不可能犯罪が積み重なる難事件をH.Mは解決できるのか⁉️
カーター・ディクスン(ディクスン・カーの別名義なので、これからは便宜上カーの名前を使う)のH.Mものの第3作目で、準主役を務めるテアレン博士は、H.Mから「君はワトスン役にぴったりだな」などと評されており、ディクスンの前作に当たる「弓弦城殺人事件」でも不可解な事件に巻き込まれますが、その時は探偵役のジョン・ゴーントという男が精彩を欠き、面白みのないミステリに終わりましたが、ディクスンの生んだ真の名探偵H.Mとの組み合わせでも本領を発揮できずに、本作でお役御免になりました。
故江戸川乱歩がカーの傑作として評価しただけに、古来評価は高かったのですが、密室、全員のアリバイ、死者の返答の声、歴史趣味とオカルト志向と、カーの趣味と不可能味がてんこ盛りですが、その分一つ一つの謎に対する扱いや解決法がおざなりで印象が散漫なところが不満です。
腹話術の名人だという当主のマントリング卿をはじめ、その弟で夜でもサングラスを外さないオカルト主義者のガイなどあからさまに怪しい配役に加えて、密室での毒殺となると、どうしても機械的なトリックを使った遠隔殺人を疑うのが筋であり、その点の殺人トリックこそ上手くできていましたが、死者の声の間の抜けた解釈や、毒の仕掛けを懸命に探していたマスターズ主任警部他の警察がなぜあれとあれの隠し場所を見つけられなかったなどの傷も多いです。
一番の読みどころは、フランス革命時代に国王ルイ16世と王妃マリー・アントワネットの首をギロチンで落とした首斬り役人サンソン家の娘と恋仲になったイギリス青年のロマンスとその後の生涯、すなわちのちに赤後家部屋の呪いに繋がる歴史的ストーリーにありました。
これは後年のカーが歴史推理小説に舵を切ることを考えると、の頃からその萌芽がよく理解することができます。
若い時の初読よりは面白く読めましたが、新訳で読んだら、よりわかりやすかったかなと思いました。