2024振り返り 今年もお世話になりました | われは河の子

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 大晦日です。

 今年も1年間皆様には大変お世話になりました。


 年明けの1月から、数年越しで闘病していた函館の義母の調子が思わしくなく、ニョウボがしばしば帰省することになり、今年はその都度私はショートステイに預けられることとなりました。

 

 そして前年12月に応募した北大病院の慢性期脳出血患者に対する世界初の幹細胞投与による再生医療治験に対して、補欠登録という通知があり、一抹の期待を持たせる新年のスタートでした。


 その義母も3月に亡くなり、ニョウボと子供たちは函館へ。私はまたしてもショートステイでした。こんな時につくづく自ら身動きの取れない身体が疎ましく感じました。義母とはいえ自分にとっては母親なわけなのですからお別れができないというのは寂しかったです。


 そしてそれを受ける形で6月には息子が函館に就職のために家を出ました。遅きに失した感はありましたが、私たちは夫婦揃ってとりあえず30前にどうにかなってくれればいいなと思っていましたので、ぎりぎり何とか間に合った感じでした。


 8月には私の今年1回目のリハビリ入院が行われ、トヨタの歩行リハビリロボットウェルウォークの威力をまざまざと実感した上で、耐用年数に達した下肢装具について担当PTおよび義肢装具士からドイツのメーカーの高機能装具ネクスギアタンゴを勧められ、退院後はそれの申請に追われました。


 障がい当事者講師としての活動は5月に北区新琴似の老人ホームでの職員研修に招かれて講演を行いましたし、秋には今年講座を受講して社協に登録した同じく片麻痺のSちゃんの初講演を聴きに行きました。


 そしていよいよ11月に2度目のリハビリ入院をして、その間にネクスギアタンゴ「ガンメタの戦慄」が完成し、今までに無かった歩行の向上を得ることができましたが、その前に北大の治験の繰り上げ当選の知らせをいただき浮き立ちましたが、コーディネーターさんと打ち合わせたところ、私の体内に2年前に埋め込んだSCSのパルス・ジェネレーターが向こうのMRIに対応しないということで、最終的に断られて涙を飲みました。しかし私はこのSCSによって、それまで苦しめられた難治性疼痛の視床痛が改善して、QOL(生活の質)が向上していただけに悔いはありません。そしてその経験が、今現在取り組んでいるNPO法人設立に向けての大きなパワーとなっています。


 こうしてみると今年も本当にいろいろありました。

 ニョウボや娘はストレスと疲れで体調を崩したこともありましたが、幸い私は新たに訪問鍼灸を週に3回お願いしましたので、年間を通して大きな体調の変化はありませんでした。それどころか、2度もリハビリ入院をして、近年にない体調を維持して一年を締めくくることができました。


 フォロワーの皆様には本当にお世話になり応援をいただきました。

 来年もぜひともよろしくお願いいたします。


 喪中につき新年のご挨拶は控えさせていただきます。

 ありがとうございました。


 河童拝