溺死したとみられるその男はイギリス海兵隊所属のウィリアム・マーチン少佐名義の身分証明書と、イギリス参謀本部副長が、アフリカの第18陸軍師団指揮官アレクサンダー将軍宛てに、連合軍の次の侵攻目的地点は当初考えられていたシチリアではなく、他の地中海沿岸の地点に変更されたことを記した手紙、また、マウントバッテン卿が地中海艦隊司令官のサー・アンドルー・カニンガムに、予定侵攻地点はサルジニアであることをほのめかすメッセージを持っていました。
また、連合軍共同作戦本部への通行許可証や、ロンドンの劇場の入場券の半券も財布から見つかりました。
遺体が所持していたウィリアム・マーチン海軍少佐の身分証明書の写真。写真はお借りしました
スペイン当局はイギリスの副領事に連絡を取り、少佐の遺体は最高の礼をもって軍葬に付されましたが、書類についてはいっさいの通知がありませんでした。
イギリスからスペインに対して緊急の要求が出され、書類はおよそ半月余り後にイギリス側に戻されましたが、精密な検査の結果封筒に開封した痕跡が発見されました。
実はこのマーチン少佐は8日間だけこの世に実在した幽霊軍人でした。
当時連合軍はシチリア島への侵攻を計画していたのですが、これがドイツ軍の知るところになっていました。
そこでその情報が誤りであり、本来の侵攻目標は別の場所であるとヒットラーに信じ込ませるためにイギリスは身元を明かさないことを条件に、とある肺炎で死んだ男の遺体を手に入れたうえで偽装し、4月19日に潜水艦の水雷室に隠されてイギリスを出航し、11日後の夜に海中に下されました。
スパイによって書類のコピーをとったナチスドイツは、攻撃目標をサルジニアと判断し、実際シチリアに侵攻が始まったときに、これを迎え撃ったのはイタリアとドイツのわずか2個師団だけだったのです。
上陸時の連合軍の損害は最小限に抑えられ、侵攻作戦は大成功に終わりました。
この作戦はミンスミート作戦と命名されました。
名もない肺炎患者の遺体は、死後数千人の命を救い、今もなおスペインの墓地に眠っているということです。
名もない肺炎患者の遺体は、死後数千人の命を救い、今もなおスペインの墓地に眠っているということです。
先日ご紹介したスパイ小説「針の眼」を地で行くような話しです。

