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1859年の今日、チャールズ・ダーウィンが「種の起源」を出版したことにちなみ、この日を進化論の日とされています。
進化論といえば私は昔から疑問に思っていたことがあるのですが、どなたか詳しい人がいらっしゃったらご教示いただけたらと思います。
子どもに進化論を教えるのに引き合いに出されるのが「キリンの首はなぜ長い?」という命題です。
大概、キリンの祖先が高いところにある木の枝の葉を食べようとして首を伸ばそうとしているうちに、世代を超越しているうちにだんだんと伸びて現在の長さになったという説明で、生物の進化という概念が説明されます。
故桂枝雀のマクラによると、単に種族だけでなく、「大自然の意欲」というになります。
そこで私が思ったのは、なぜキリンだけが首が伸びたの?ということでした。
シマウマだって、山羊だって鹿だって、草食動物はすべて高いところの餌を食べられた方が有利ですよね?だのに何でキリンだけがそれを選択したのか?ということです。
枝雀落語では、ある時トカゲの中の一匹が空を見上げて、飛んでみたいと思ってジャンプするが、ボテっと落ちてしまう。
それでも繰り返し繰り返し飛んでは落ちを何代にもわたって繰り返しているうちに、大自然の意欲でいつのまにか羽根が生えて「あら飛べた⁉︎」ということになったというのですが、なぜ人間はそう思わなかったのでしょう?
人類の祖先は同じことを考えつかなかったのでしょうか?
進化の順番(生命の樹)からいっても、人類の誕生の前に鳥類は誕生していたはずですから、空を飛ぶ鳥を見て羨ましいとは思わなかったのでしょうか?
それは単なる憧れだけに限らず、高いところから俯瞰して見れることは敵や水場の発見など、生存競争に有利に働くはずです。
人間は二足歩行とそれに伴う手の使用、そして脳の発達により飛行より、そちらの能力を選択したということなのでしょうけど、動物の中でも、飛ぶことを選択した物はコウモリになりましたし、奴らは加えて超音波レーダーという能力も得ることに成功しました。
哺乳類にそういう例があることですから、人類もどこかの過程で、翼人というジャンルに進化した一派がいたとしてもおかしくはないと思います。
まぁ、首の長いシマウマや、翼のある人を含めて、絶滅してしまったのかもしれませんけどね?
そして再び水中に戻ることを選択した一派が進化して河童になったのかも知れないですね🤣
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