昔から特に高校野球に興味があったわけではありませんが、2004年の夏の甲子園で駒大苫小牧が史上初の白川の関越えどころか津軽海峡越えを果たして、全道を熱狂の渦に巻き込んだ翌年、2連覇を目指して再び快進撃が続き、2005年8月20日に、京都外大附属と決勝戦が行われました。
当時私はシンアツシンの全国出張販売をしておりましたが、その月は(お盆と夏休みがあったため)小さな子どものいたり、どうしてもお墓参りをしたい)営業マンは道内のコースを組まれ、決勝当日私は札幌市手稲区の星置という地区の会館での仕事でした。
しかしながら、連覇がかかる一戦に、誰も体験会なぞに足を運ぶ人はおらず、一日中暇だったので、私も暇そうにしている管理人のおじさんと2人でロビーでテレビ観戦して、現楽天の田中将大投手が勝利投手になり見事に夏の2連覇を達成する瞬間を見届けたのです。
優勝投手となった田中将大
写真はお借りしました
そして翌日、なんとその日の会場は苫小牧市内でした。札幌から高速を飛ばせば1時間強で苫小牧、市内の会場まだでも2時間あればゆっくり間に合います。
ところが、その日は前日優勝したナインが早くも凱旋するとあって、市内は祝勝ムード一色で、やはり誰も体験会なんぞには来て来れません。
おかげで私は2日連続して来場、売り上げ0という記録を刻みました。
さらに翌2006年も3連覇をかけて決勝まで進出、斎藤佑樹を擁する早稲田実業との死闘の結果惜しくも三連覇は逃しましたが、北海道の高校野球の実力を世に知らしめることとなりましたし、その後の田中将大と斎藤佑樹の活躍・出世の差を見ると皮肉さえ感じさせます。
また、田中将大は道産子ではありませんが、その活躍により道内の野球熱はヒートアップし、それがやがてNBL日本ハムファイターズの移転へと繋がり、そこからダルビッシュ有、大谷翔平というスーパースターを産む土壌を作ったともいえますし、エスコンフィールドというそれまでの概念を変えるボールパーク建設へと繋がって行ったとも思います。

