新 臓腑(はらわた)の流儀 白狐のお告げ 最終回 | われは河の子

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「そうよ、アレはどう考えてもわからないわ。あれも緑川がどこからか見ていて、それをお狐様に伝えてたってこと?」
 靖子も夫に追従する。
「あれも単純な心理トリックなんだ。実演した方が早そうだね。」
 孝一郎はそう言うと、着てきた革ジャンの内ポケットから一通の封筒を取り出した。
「俺は実物を見て来たから真似をして手製で作ってみた。ヤッコこんな感じだっただろう?」
 そう言うと彼は封筒の中から重ねた三枚のカードを取り出して一枚ずつ靖子の前に並べた。カードの上には靖子から見て左から右に赤・黒・白の狐の絵が描かれてあった。
 そして封筒はその横のテーブルの上に置いた。
「これ、孝一郎君が描いたの?相変わらず器用ね。でも狐はこんなに可愛くなかったわ。」
「描く人の性格が出るのさ!」
 孝一郎はそう言うと、靖子の皿とグラスの前に置かれている割り箸を退けて、枕型の箸置きを取り上げた。
「じゃあヤッコ、あの時と同じようにこの箸置きを自分の思った札の上に置いてくれ。」
 そう言って彼女の掌の上に小さな箸置きを落とした。

「あの時と同じね。」靖子はそれを取り上げてしばし迷った。
 一座は緊張の面持ちで靖子の指先を見つめていた。

「あの時は確か黒の札を選んだらお狐様が祭壇からお稲荷さんを持って来て、その中に予言の紙が入ってたのよね。そして孝一郎君が赤の札を選んだら、その裏にお告げが書かれていたのよね?そうすると今回は白に置かせたいんでしょうけど、その手には乗らないわ。」
靖子はそう一言一言明確に言いながら黒い狐のカードの上に箸置きを置いた。
「なるほど、そう来たか?」
 孝一郎はそう言って、
「ああ、キミちゃん、悪いがさっきの夜食、使わせてもらっていいかな?」
「構いませんよ。それより皆さん何をなさっているんですか?」
 貴美子は笑いながらそう言うと、先ほど孝一郎からもらった包みをカウンターの下から取り出して孝一郎に渡した。
 孝一郎は輪ゴムと包み紙を取って透明なプラスチックの入れ物に入ったいなり寿司をテーブルの真ん中に置いた。輪ゴムの支えを無くして蓋の部分は大きく開きっぱなしになった。
「じゃあ今度はヤッコ、この中からどれでもいいから一つ指で差し示してくれ。」
 靖子は中央のいなり寿司を指差した。
孝一郎は新しい割り箸を使ってそのいなり寿司を小皿に取った。
「じゃあこれは約束通りキミちゃんの分として除けておこう。」
 そう言って立ち上がり、その小皿をカウンターの上に置いた。
 そうして再び席に戻ると
「それじゃあもう一度、左右どちらかを指さしてくれ。」
 一堂が固唾を飲んで見守る中靖子は向かって左の一個を指差した。

孝一郎は同じようにそれを小皿に撮って靖子の前に置いた。
「これが君が自分で選んだいなり寿司だ。箸で切り開いてごらん。」
 靖子が自分の箸で恐る恐る油揚げの皮と酢飯を切り開くと、お狐様の時と同じように固く巻いた紙がはいっており、それを震える手で開いてみると『君は黒を選ぶ』と書かれていた。それは靖子が子供の頃からよく知る孝一郎の癖のある筆跡だった。
 全員が唖然とする中、ふと我に返ったケースケが、
「ちょっと待て孝一郎、その残った一個を俺に寄越せ!」
 そう言って、右側のいなり寿司を太い指でつまむや一口でかじり取った。
「中には何もない…。」

 今度はミッキィがカウンターに駆け寄った。
「ごめんキミちゃん、これは私が後で弁償するわ。」
 彼女はそう言ってその小皿ごとまた席に戻ると、靖子がしたように自分の箸を使って中を切り開いた。
「こっちにも何も入っていないわ。」
 孝一郎を除くとたった六人しかいないが、どよめきが走った。
「ちょっと孝ちゃんどうやったのよ?」
 つかみかからんばかりのミッキィの手を制して靖子が言った。

「孝一郎君、じゃあ黒を選ばなかったら、昨日の貴方と同じように赤を選んだらどうなったのかしら?確か昨日は赤の札の裏に予言が書いてあったのよね?」
 彼女はそう言って自ら赤の狐のカードを裏返した。
「何も書いてないわ…。」
 「ところがそうでもないんだ。」
 孝一郎はそう言って、今度は靖子の水割りのグラスを除けて、その下に敷いてあったマリリン・モンローの顔のイラストが印刷されているノーマ・ジーンのコースターをひっくり返した。
 そこには『君は赤を選ぶ』と書いてあった。

「それでは孝一郎、ヤッコが白い狐を選んだ場合にはどうなるんだ?」
 そう尋ねたのはサミュエルだった。
「その場合はね、サム、そこにある封筒の中を見てくれ。」
 孝一郎に言われてサムはテーブルの上に残された封筒を取り上げて中を開けてみた。中にはもう一枚のカードが入っていてそれを引き出して見ると、そこには『君は白を選ぶ』と書いてあった。
 サムがそれを読み上げると一瞬の静寂が全員を襲った。
 
「わかったぞ!」
静寂を破ったのは後藤検事だった。
「最初から水島は小山さんがどれを選んでもよかったんだ。黒を選んだ場合はお稲荷さんに導いて、赤だったら、コースターを裏返しで見せる。これもおそらくん最初から仕込んでいたんだろう。そういえば準備の時、水島がやけに手早くコースターを配っていたよな?それから白を選んだ時は封筒のなかを確認させる。どれを選ぼうと水島の手の内だったってことだ。
 そして今おそらくお狐様も同じ手を使ったんだな?」

「さすがに東大出の秀才だ。高校生の時から俺たちとは頭の出来が違っていたがゴトケンの言う通りだ。これはマジシャンズ・チョイス、奇術師の選択と言って、いわゆるメンタルマジックの一種だ。最初から予言が書かれていますと言うと警戒されるから、なにも言わずにただ三枚のカードを並べて一枚の上に置物を置いてもらう。ヤッコは黒を選んだが、その時になって初めてお狐様は祭壇からいなり寿司のお供えを持って来たんだ。最初からいなり寿司は一個しかなかったし、それは黒と結びついていたんだ。
 それをヤッコから聞いていたから俺は赤を選んだ。
 そうすると当然のようにいなり寿司を持ってくることはなく、札をめくって見せた。札の裏には赤にしか予言は書かれていなかったのさ。
 そしてここからは予想だが、白を選んだ時は、今のように奉書封筒の中に白の予言のカードが入っていたか、あるいはどこか別の場所に白の予言が仕込んであったんだろう。それぞれどれを選んでも、予言の隠し場所は異なっているので、それをさももったいぶった演出で出して見せるのがコツだ。」

「でも孝一郎君、それじゃあ、いまのお稲荷さんはどうなのよ?お狐様は黒を仕込んだ一個だけしか祭壇には置いてなかったけど、今回私は三個の中から選んだのよ?」
「同じことの応用だよ。俺が言ったのは『どれでもいいから一つ指差してくれ』だった。指差した物が君が選んだものになるとは言ってはいない。ああ、もちろん俺は最初から仕込んで来たから君に向かって左側に予言が入っていることは承知している。そこで君が真ん中のを選んだから『これはキミちゃんの分』と言って排除した。最初から目的を明らかにしないのがミソだな。
 こうなるとあとは二択しかない。ここで都合よく君が左側を指差したから『じゃあこれが君が選んだ一個だ』とここで初めて目的を明かしたようなふりをしたのさ。
「その時にも右を差したらどうなったのよ?」
「その時には『じゃあこれは心配をかけたサムに進呈しよう。そして残った分が君の取り分だ』とトントン拍子に畳みかけると案外すんなりと納得してしまうものさ。あとでよく考えると幾分不自然に感じるかもしれないけどね。流れの中では人はその不自然さに気付きにくいものなんだ。」

「つまり水島は二重のマジシャンズ・チョイスを仕掛けていたってことだな?」
呆れたように後藤検事が言った。
「この方が皆んなが驚くと思ってね。そもそもロッカーの二重底の後ではこっちの二重の解決の方がサマになってるだろう?」
「相変わらず人が悪いわね!」
「そう言うなミッキイ。去年のケースケの龍鱗岩事件でもそうだったが、詐欺師というのはほんの少しの心のスキを突いて来るんだ。トリックというのは見た目は不思議でも、必ずどこかに不自然さがあるものだ。
だいたい白狐教団なんて物に振り回される時点で罠にかかったようなものだ。キツネは赤い狐が一番だよ。」
「なんだ孝一郎、お前いつから武田鉄矢になったんだ!」

 ケースケの一言で一堂はまた笑いに包まれた。
 ノーマ・ジーンはいつもの煌びやかな夜を迎えていた。


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                   完
           2024年6月©️松島花山

        この作品はフィクションです。