翌七日月曜日、孝一郎は九時ちょうどに緑川の携帯に電話をかけた。
「昨日お訪ねしました水島ですが、あと二時間ほどで小山さんと一緒にお伺いして、ご寄進を納めたいと思いますのでよろしくお願いします。」
「はぁ、それはお早いことで大変結構でございます。
お仕事の方はよろしいんでございましょうか?」
「はい。こうなったら一刻も早い方が気持ちが安心するような気がいたしまして。仕事の方はこんな真冬の正月開け早々は建設屋にとってそんなに大きな案件もありませんし、私がデスクにへばり付いている必要もあまりないのです。」
「なるほどわかりました。そのようにお狐様にもお伝えしておきます。」
「はい、お狐様にもぜひ一言お礼をお伝えしたいのでよろしくお計らいください。」
「お狐様はお身体が少々ご不自由でございますから、昨日のような大雪が降った後などはどこへもお出ましにはなられません。それでは11時にお待ち申しておりますのでお気をつけてお越しください。」
緑川の声には喜色が浮かんでいるようだった。
11時ちょうど、孝一郎は白狐教団のビル1階の、インターホンを押した。
中から緑川の「どうぞ」という声が聞こえた。
玄関扉はあらかじめ来意を伝えてあったのでそのまま開いた。
孝一郎は靖子を従えて中に入った。
緑川が揉み手をしそうな勢いで二人を迎えた。
「これはこれは小山さん、水島さん、お寒い中たびたびお疲れ様でございます。ささ、道場の方でお狐様もお待ちでございます。」
せき立てられるように二人は玄関を上がると緑川の先導で道場へと導かれた。中では灯油ストーブが焚かれ、灯油の燃える匂いと祭壇の香の匂いが入り混じっていた。
「どうぞお座りなさい。」
先に着座したお狐様に促されて、二人は彼女たちの前の座布団に並んで正座をした。
緑川は一列控えて自分も正座をした。
「お狐様、どうぞ私たちをお救いください。今日は水島さんとの二人分の玉串料をお納めに参りました。」
靖子はそう言って膝の上のハンドバッグから、厚く膨らんだ白封筒を取り出してそれを両手で握った。
「けっこうな心掛けです。お狐様の霊力が、必ずやあなたたちを災いからお守りすることでしょう。」
そう言うやお狐様は孝一郎と靖子の頭の上に向かって手にした祓い串をばさばさとうち振るった。
二人は神妙に合掌して頭を下げた。
その時であった、玄関ドアを激しく撃ち叩く音が聞こえ、数人がバタバタと教団の中に突入して来る音と共に、「何をするんですか!あなたたちは何者ですか⁉️」と叫ぶ女性の魂切るような悲鳴が轟いた。
「動くな。警察だ!」
その声と同時に道場の引き戸がガラリと開け放たれ、四、五人の男たちが雪崩れ込んで来た。
「北海道警察迫館方面本部、刑事部第二課の大瀧刑事です。お二人に逮捕状が出ています。」
大瀧と名乗った男はコートのポケットから令状を取り出して読み上げた。さらに二人、同じく刑事と思われる男たちが左右に散開した。
「氏名、谷川晃子ことパク・チェジェン、年齢六十五歳。住所、迫館市柳川町××-○○。
同じく緑川潤、年齢四七歳。住所、同じく。詐欺の容疑につき逮捕します。一月七日午前十一時十五分。」
そうして持っていた逮捕令状を突きつけた。
「それからこちらは迫館地方検察庁、後藤賢太郎検事と、立会い検察事務官の笹流さんです。」
紹介された後藤検事も一通の令状を提示した。
「捜索差押え許可状です。家宅捜索の許可も出ています。」
「し、証拠はあるのか……⁉️」
そう叫ぶ緑川の声を遮ったのは孝一郎だった。
「それを探してもらうのさ。おそらくアンタのパソコンの中に録音やコピーのデータとして被害者の個人情報が記録されていることだろう?」
「き、貴様何者だ?」
「ただの探偵だよ。ただし、数年前までは京都で開業していた。その時にお眼通り叶わなかったのが互いに不運だったかな。」
「探偵だって⁉️」
「アンタたちが二年前に京都で同様の詐欺事件を犯して逮捕されたが、その時に執行猶予が付いているのに、今回の事件だ。実刑は覚悟した方がよさそうだな?」
後藤検事があとを続ける。
「今回被害者から情報提供があって、あなたたちのことを詳しく調べることができ、京都での前科も判明した。被害者が届けを出した被害額は九千円と微額だが、おそらく余罪は山ほど出て来るだろう。期待して待っているがいい。」
後藤検事はそう言った。
「被害者って…?」
今度はお狐様が口を開いた。
「これはもう渡さなくてもいいみたいね。」
そう言って膝の上の白封筒を取り上げて、再びハンドバッグに納めたのは靖子だった。
「この喰わせ者、女狐‼️」
憤るお狐様に靖子は、
「あら、お狐様にそう言って頂けるなんて光栄だわ!」
と、さらりと言い捨てた。
『ヤッコ、君はいつからそんなタマになったんだ?』
孝一郎は胸中でそう呟いたのだった。