新 臓腑(はらわた)の流儀 白狐のお告げ ⑨のその1 | われは河の子

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塩田はゆっくりと鼻歌を口ずさみながら慎重に車を運転した。漏れ出るメロディはチャイコフスキーの交響曲第一番「冬の日の幻想」の冒頭部だった。

 白狐教団に迎え入れられた孝一郎は、靖子から聞いていたことが寸分違わず繰り返されていることを知った。
 ただ今日は何人かで集会のようなことが行われているらしく、玄関を上がって右側にある三部屋のうち、一番右側の部屋から数人の話し声が聞こていた。

 孝一郎に隣の部屋で白作務衣に着替えて、俗界の物は何も持ち込まないように告げた緑川は、
「お休みの日でもそのような出で立ちをなさっているのですか?」と尋ねた。
 孝一郎は圭介から借り受けた加賀谷組土建の作業服の上から現場用の防寒ジャンバー、通称「ドカジャン」を羽織っていた。

「すみませんね。お狐様をお訪ねするのにこれでは失礼かとも思ったのですが、午前中に会社で残り仕事を片付けていたものですから……私は現場の人間ではありませんが、当社は仕事中は現場でも会社でもユニフォーム着用が決まりでして。」
「いえ、構いませんよ。どうせお着替えいただくわけですし。カバンのような物もお持ちじゃないようですね?」
「はい。財布と手帳とスマホぐらいのものですね。」
「わかりました。それらも脱いだ衣類と一緒にロッカーに入れて、中に入っている作務衣に着替えてください。そうしたら、案内の者を迎えにやりますのでお待ちください。」

 孝一郎はロッカー室で男物のLサイズの純白の作務衣に着替えて腰のところと足首の紐をしっかりと締めた。やがてドアにノックの音が聞こえ、「よろしければご案内します。」という声と共にまだ若い、三十代くらいの女性が迎えに来た。靖子から聞いていた坂本という女性とは年恰好からして別人であろう。

 促されてロッカー室から道場に移る。道場内部の様子も靖子から聞いていた通りだった。

 お狐様は孝一郎と向かい合って着座すると眼を細めた。
「よういらっしゃった。悪縁を断ちたいとお悩みかな?」
「はい。断ちたい縁と、そうではない方の縁とございます。」
事前に三角関係の精算と伝えてあるのだからこれは言わずもがなのことである。
「貴方、数字に関係するお仕事をされていますね。」
「ええ。」
 孝一郎は頷くだけだった。これも事前に建設会社の資材部長と伝えてあるのだから、推測するのは容易かと思われた。
「最近レンガとご縁がありましでしょう?」
「それは土建屋の資材部におりますので、あらゆる建築材料は扱っています。」
「いいえ、ごく直近でです。レンガ造りの建物を視察なさったりはしませんでしたか?」
 言われて孝一郎は閃いたように言った。
「確かに、今週月曜日から札幌出張でした。それで、ホテルを道庁旧赤レンガ庁舎近くに新しくできたソラリア西鉄という所に取りました。」
「なるほどそれかも知れませんね?」
 しかし札幌出張のことも今日の予約の時に緑川には伝えてあるし、道庁赤レンガといえば、時計台と並び札幌中央部を象徴する建築物だ。建設資材に関わるものとして縁や興味があるのは当 当然だと思ったのだろうか?しかし孝一郎は自分の推測がおそらく当たっていることを確信した。

 孝一郎は訝しそうな顔をしていたのだろう。
 それを見据えたお狐様は懐から奉書封筒を取り出すとそこから3枚の色の異なった紙札を取り出し孝一郎の前に並べた。左から右に赤・白・黒の狐が描かれている。
「この狐をこれと思う札の上に置いてください。」
お狐様は小さな白い陶器の狐を孝一郎と手に握らせた。
 孝一郎は散々悩んだ末に赤い札の上に置いた。

「ほっほっほっほ。小山さんから聞いてきたようね。
だから同じ黒は選ばずに、赤と白からの二択にしたのね。そしてやはり白狐という言葉やご自身の白い作務衣、そして私の白い法衣が何かひっかけだと思ったようね。」
 そういうとお狐様は陶器の狐をよけ、下の札をひっくり返して見せた。
 そこには墨書で『あなたは赤を選ぶ』と書いてあった。孝一郎が驚いた表情を浮かべるとお狐様は残りの白と黒の札も開けて見せた。もちろん二枚とも何も書かれてはいなかった。

 その後孝一郎はお狐様から、痴情のもつれは金銭トラブルより深い災いを引き起こすとか、障害・殺人事件に至るケースは金がらみより可能性は高く泥沼化しやすいなどという脅しを散々のように聞かされた。
『相手に対する愛情が深ければ深いほど、もう一人の人から恨みを買うことにりますし、決して幸せな未来はありません。』とまで言われた孝一郎は頭を下げて、
「わかりました。小山さん共々ご寄進させていただきたいと思いますし、事態が上手く片付いたあかつきには、さらにできる限りのことをさせてもらいたいと思います。」
 そう述べて安心したような顔をして見せた。

 「それはようございます。吉報をお待ちいたしております。それではお下がりください。」
  こうしてお狐様との会談は終わった。

 孝一郎は正座のせいで足が痺れたのか、辛いめまいを感じたが、緑川と今後のことのついて数語打ち合わせると、近々靖子と一緒に玉串料として20万円ずつを持参することを約して外に出た。

 気温は3時を回ってさらに上がったようだった。路肩に積み上げられた雪は早くも大部分が溶けて道路を盛大に濡らしていた。
 孝一郎は電車通りに出てアプリを使ってタクシーを呼んだ。
 程なくして到着したタクシーの後部座席に乗り込んだ孝一郎は
 「迫館地検まで。』と、運転手に行き先を告げた。



写真はお借りしました