昨年12月に、毎年恒例の冬の長期休暇をもらって京都旅行に行った弟が今回もたくさんの写真をこれ見よがしに送って来ました🤣
その中に肉弾三勇士の墓の写真がありました。
肉弾三勇士(爆弾三勇士とも言う)って…?
確か敵のトーチカ(陣地)攻略戦で、なかなか攻めきれないのを志願して火のついた爆薬筒を抱いて突入して自爆して敵陣を破壊した三人の兵隊(一等兵)で、その功により軍神と讃えられた英雄じゃなかったかしら?
でもそれって日露戦争だったか、日華事変(日中戦争)だったか?と改めて調べてみると、
それは1932(昭和7)年の第一次上海事変での出来事でした。
だいたい何でそんなところにわざわざ行ったのか?と思いましたら、わざわざ行ったわけではなく、Googleマップを頼りに案内に従っていたら、東山、清水寺の下の親鸞聖人の墓所であり、西本願寺の墓苑である大谷本廟の中を指示され、『墓場の中かよ…』と思いながらも従って歩いていたら偶然この前を通りかかったと言うことで、兄貴なら知っているだろうと、LINEに添付して送って来たのです、
確かに知ってはいましたがうろ覚えで、いつの戦闘だったかさえも間違っていました🤣
だいたい私は肉弾三勇士の墓が大谷本廟にあること自体を知らなかったのです。
肉弾三勇士。写真はお借りしました
弟は毎年コアで怪しいところばかり廻っておりますので、今では私より詳しくなっています🤣

