おいらが村長さん | われは河の子

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昨日そうだ村の村長さんという記事を書いて懐かしんでもらえたり、全く知らなかったり、さまざまな反応で楽しかったのですが、人間っていうものは不思議なもので、何かがきっかけになって、凍結していた過去の記憶が突然蘇ってくることがありますが、昨日はまさにそんなことがありました。


 改めて調べ直したそうだむらのそんちょうさんの元詩を読み直してあると、それに被せて、高校1年の時のクラスメイトだった共に合唱部に入っていたヤマグチ君とミヤザキ君が休み時間にしょっちゅう謎の歌を歌っていた事を思い出して来たのです。


 確か♪おいらの村の村長さんは子どもが大好き〜🎵とかいうもので、2人があまりに楽しそうに歌っているので「なんだそりゃ?」と訊くのも憚られていました。あれから45年も経ってからふとそのフレーズだけが頭の中に甦って来たのです。


 そこで思い付く単語を組み合わせてYahooとYouTubeで検索をかけてみたら、なんと見つかったのです。


正しくは「おいらが村長さん」というもので、どうやらメキシコ民謡のようです。

それ以外の詳細はつかめませんでしたが、なにしろ半世紀近い謎が解き明かされ、あれはあの2人がふざけて勝手に創作して歌っていたのではないことがわかりました。


 2人とはその後同じクラスになることはなく、3年生時には2人とも理系クラスに行ったことだけは知っていますが、ミヤザキ君は3年の時に私と同じクラスだった牧美と付き合っており、ある夜その牧美から突然私に電話がかかって来て、『ミヤザキ君が家出してしまった〜😢』と泣きついて来たことがありました。俺は私立探偵スペンサーじゃないっていうの⁉️その場は泣いている彼女を甘言を弄して宥めて、翌日学校に行ってみると牧美が駆け寄って来て、その後彼は無事に帰宅したことを教えてくれ、私に迷惑かけたことをしみじみと謝ってくれました。

彼女がなぜそんな非常時に、一度も電話なんてして来たことのない私にかけて来たのかは知る由もありませんが、どうやらその頃から私は口先ひとつで人の心を操る術を身に付けていたようですし、😆二人が別に同棲していたというわけではなく、単に彼が実家から飛び出そうとしただけのようですが、牧実がミヤザキ君とそこまで深い仲になっていたことを知らされてショック😨も感じていました。彼女は古都ちゃんに次ぐクラスのツートップ美女だったので、私は普段から優しく接していたのでしょう😆

家に帰れば一枚だけ牧美の写真があったはずです🤭


 と、ここまで書いて来て、そういえば1年生の時に一度ヤマグチ君をはじめ男ばかり数人でミヤザキ君の家に遊びに行ったことも思い出しました。


 その牧美とは高校卒業後の最初のクラス会で一度だけ顔を合わせたことがありますが、ヤマグチ君とミヤザキ君にはその後一度も会ったことはありません。


 ヤマグチ君は現役でどこかの医科大に行きましたので、その後医者になったのだろうし、ミヤザキ君は函館の実家で鍼灸整骨院を開業していました。

 結局自宅の束縛から逃れることはできなかったのですね。

 

 記憶は思わぬところまで翔んで行きます😆