金庫破りときどきスパイ | われは河の子

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金庫破りときどきスパイ アシュリー・ウィーヴァー 2021年 創元推理文庫 2023年


 第二次世界大戦下の英国ロンドン、24歳の女性エレクトラ(エリー)・ニール・マクドネルは錠前師であるミックおじの仕事を手伝う一方で、彼を師匠として本土空襲に備える灯火管制下の暗闇の中で、他人の屋敷に忍び込み、金庫破りをするのをなりわいとしていた。


 ある夜、ミックおじが確かな情報に基づき綿密に事前調査をした上で潜入した屋敷で、難なく金庫を開けて、中に無造作に置かれていた宝石類を手に入れて一安心して外に出たところをたちまち屈強な数人の男に取り囲まれ、手錠をかけられて連行される。


 着いた先は警察署ではなく美しい屋敷だった。

 そこでエリーと対峙したのは眉目秀麗で高身長だが冷徹な感じを漂わせる若き陸軍将校で、ラムゼイ少佐と名乗る。


 彼は今夜の一件を不問に処する条件として、とある作戦に協力して彼女の腕を発揮してくれることを依頼する。


 しかし、今回の金庫破りは綿密に計画され偽情報をつかませた上で易々と金庫破りを決行させ、その腕を確認すると共に、エリーに選択の余地を与えないラムゼイ少佐の罠だったのである。

 言葉上は依頼だったが、これは命令以外の何物でもなかった。

 

 エリーの反骨心に火がつき、作戦の詳細を教えてもらわねば答えられないと言うと、少佐は渋々概略だけを説明する。

 ドイツに協力的なある人物の屋敷の金庫から機密文書を盗んで、偽情報と交換してほしいというものであった。その人物は英国の命運に関わる機密文書をドイツに渡そうとするスパイ役を務めているというのだ。そこで機密漏洩を防ぐと同時に偽の文書を与えてドイツを混乱させようというのだ。


 さらに少佐に協力するということは、銃後(戦争の前線ではなく戦闘地域の背後にあって後方支援をすること)にあって、祖国防衛の一端に力を貸すことになるといわれて、兄妹同然に育った2人の従兄弟を軍に送り込んでいるだけにエリーは俄然ヤル気を出す。


その現在の文書の持ち主は経済界の大物で、彼が屋敷で主催するパーティーに、少佐とその恋人という役どころで潜入し密かに金庫を開ける算段だったし、そのパーティには、文書を受け取ってドイツに渡す役目の人物も現れると考えられており、少佐は数人の容疑者がいるので彼らからも目を離さずにいることを命ずる。


 こうして若き金庫破り美女と、高慢だがイケメン少佐の冒険が始まる…


 この作品は「固ゆで卵で行こう」のしゃおさんから紹介されたもので、今年刊行された作品ながらニョウボがAmazonで古書をゲットしてくれました。

 第二次世界大戦を舞台としたスパイ小説としては珍しく女性を主人公に据え、彼女の魅力と多彩さで読むものを惹きつけます。そして彼女を支配する役柄のラムゼイ少佐は一見堅物で融通が利かず、高級将校にありがちな高慢さと、冷徹さで、非常時でもなければとてもエリーが協力しようとは思わない人物ですが、人を見る目と洞察力に長け、さすがと思わせます。この正反対な2人が作戦遂行中の役柄とはいえ、潜入した屋敷内で主人に見つかった時に咄嗟にキスをしてその目を逸らしたところなど二人の関係性をめぐる読みどころもいっぱいです。さらに脇役陣もそれぞれ曰くありげな過去を持ち個性的に描かれています。


 ミステリとしての犯人探しも秀逸で、私は最後まで犯人(というか首謀者)がわかりませんでした。


 特に印象に残ったのは、巻末近い一文で、

 「人生がかつての”ふつう"に戻ることはあるのだろうか?」という文章が胸に刺さりました。

 戦争ではないですけれど、私も大病で命の危機に晒され、その後大きな障害を抱える身になったのでことさらに感じるのでしょうが、運命を変えるような出来事に遭遇すると誰もが感じることではないかと思いました。


 続編となる2作目も出ているようなので、訳出が楽しみです。