以下引用します。
炭治郎の額の痣…
痣の位置と形、歴史学的に何か面白いお話ありますか?
お父さんも同じなんですね。
ということで、予定外でしたが、炭治郎の痣につついて考察してみます。
また、その力が柱にも共鳴して、柱にも痣が出現します。出現の条件や、それにまとわる宿命もあるようですが、私もこの痣の象形を目にした時、何かのイメージに似ているな?と気になったのですが、茫洋としたイメージで、奥サマに言われるまでそれがなんだったのか記憶から掘り起こすことがありませんでした。
同じ痣は、最初の鬼狩り、継國縁壱には生まれた時から存在したそうですね。
そして、壊れた脳を振り絞って考えた末、記憶の中から蘇ったイメージはこれでした。
三重県熊野市の七里御浜(しちりみはま)沿岸にある、奇岩「獅子岩」です。
似ていると思いませんか?
そして驚くことに、この一帯を「鬼ヶ城」と呼ぶのです。
鬼と呼ばれた海賊を退治した坂上田村麻呂伝説が残されています。
さらにこの近くには、日本最古の神社とされる「花の窟(はなのいわや)神社」が存在します。
この神社の御祭神は、鬼滅孝③でも触れた国産みの女神イザナミノミコトとその子迦具土(かぐつち)です。
迦具土神は、火の神(ヒノカミ)として知られておりますし、その火で産まれる時に母イザナミの女陰を焼いて殺してしまいます。
それだけでも悲劇なのに、妻の死に怒った父神イザナギによって、十拳剣(とつかつるぎ)という刀で首を斬られて死んでしまうのです。
そもそも熊野は古来「死と再生の地」として知られております。
毒殺された後に餓鬼として復活し、熊野の湯ノ峰温泉に入ることで業病が癒え、肉体が復活したという小栗判官(おぐりはんがん)伝説や、海の彼方にある補陀落山(ふだらくさん)での再生を願って、棺桶同様の舟で死出の旅に出た補陀落渡海など、熊野は死に彩られていますし、熊野がある三重県は本来紀の国=木の国です。
竈門家が代々炭焼きであることで、木と、火の神カグツチへの信仰がうかがわれます。
山の物語としてスタートした本考察も、獅子岩、鬼ヶ城、カグツチ、ヒノカミ、首を斬られて死ぬ、熊野、死と再生、木の国というワードへと繋がって来ました。
何度も言いますが、これが作者の意図したかどうかはわかりまさん。ただ、記紀神話や、民俗学、歴史伝承などから紐解いてこじつければ、さまざまな解釈が可能ということです。
あくまで、河童大学河童文学部教授の私見でありますのでご注意下さい。
ただのエロ河童じゃないもん!




