あらかじめ電話を入れておいたのでミッキィはすでに店にいた。その夜は大きく胸元の開いたパープルのドレスだった。フロアの中央で、リチャード・クレイダーマンの「愛のオルゴール」を弾いていた俺より少し若い男性ピアニストは立って一礼するとフロアから消えた。ショパンなんぞよりはこの店に合っていると思ったが、同じ曲なら俺は高田みづえの方が好きだ。
「やってくれたのね。裕美子からもすぐ電話があったわ。シンジ大騒動だったんだって?」
「大げさな。たかが鼻血だ。病院なんか行かれるとヤツにも俺にも厄介だ。」
「でも目を覚ましてから大変だったみたいよ。店のグラスを叩き割って『今度会ったらぶっ殺してやる!』だなんて吠えまくったそうよ。」
「そうか、そりゃあ返って好都合だ。じゃあこれをあんたに預けておくから早いうちに裕美子に渡しておいてくれ。そしてデブシンジがたけり狂ってるときにこっそり使うんだ。」
「こうちゃん、これってまさか…?」
「なんだいアメリカ土産の拳銃だとでも思ったかい?そんな物騒なものは持ち合わせない。国産のマイクロレコーダーだよ。」そう言って俺はライターほどの大きさの精密機器の使い方をミッキイに教えた。
「裕美子変わってないでしょ?」
「荒ん(すさん)だ感じはアリアリだったけどな。美人はいくつになっても得だな。」
「どのお口がそれをいうのかな?」
「けどよ、それじゃあなんでアイツをチーママなんかにしておくんだ?朋子ってのと取っ替えてやった方が客は入るぜ。」
「裕美子ねえ、少々手癖が悪いのよ。たまさか売り上げが合わなくなるし…」
「そりゃお気の毒。いい親友を持ったなあ」
「それにあの朋子ってね、」ミッキィは右手の小指を立てて見せた。真っ赤なマニキュアが目に痛かった。
「ケースケの今のコレなのよ!」
なんとまあ!あの頃の俺たちはそろいもそろって大馬鹿だったが、ケースケは、その馬鹿に筋金が一本通ったらしい。
「こんなビーナスみたいな嫁がそばにいるのに、あんなジャガイモのどこがいいんだ?」
「こうちゃん、あなたアメリカで女の口説き方身に着けたのね。」
「そうでもなけりゃ帰っては来られんさ。」
「ホテルはどこ?」
「なんだ,もう俺に口説かれるつもりか?ポートプラザだ。あんなのも昔はなかったな?」
「あそこもウチが建てたのよ。東京のゼネコンの下請けだったけどね。」
「そんなケースケがどこでタガが緩んだろうな?まあいい、裕美子からその件で何か連絡が来たら知らせてくれ。」
そうしてさらに二日後,俺は4度アンバサダーの客となった。